第32話 語った後で
事件は、第三階層の入口から少し離れた場所で起きた。
夕方、ギルドに戻ると、空気が張りつめていた。
騒ぎ声はない。悲鳴もない。
ただ、皆が同じ方向を見ている。
治療室だ。
「……入ってる」
ミラが、小さく言った。
扉の前には、人だかりができている。
顔を覗かせているのは、第三階層に入ったことのある探索者ばかりだ。
中で寝かされている男を見た瞬間、胸が沈んだ。
若い。腕もある。
数日前、酒場でエリオの話を聞いていた一人だ。
「……死んではいない」
治療師が、淡々と説明する。
「だが、目が覚めても動こうとしない」
男は、目を開けていた。
こちらを見ている。
だが、焦点が合っていない。
「何があった?」
誰かが聞く。
男は、ゆっくりと口を開いた。
「……分かったんだ」
その一言で、場の空気が変わる。
「第三階層は、試してる」
「俺は、答えを出した」
「だから……もう、無理をする必要がない」
声は穏やかだ。
恐怖も、後悔もない。
だが、足は動かない。
手も、力が入らない。
「……覚悟が、足りなかったんじゃ?」
誰かが、そう言った。
男は、ゆっくり首を振る。
「違う。十分だった」
「もう、やることはやった」
それ以上、何も語らなかった。
語る必要がない、という顔だった。
その場に、エリオが現れた。
静かな足取りで、男のそばに立つ。
「……無理をしたか」
優しい声。
「いいえ」
男は、はっきり答えた。
「あなたの言う通りだった」
エリオは、安堵したように頷いた。
「なら、よかった」
そのやり取りを見て、背中が冷えた。
誰も、責めていない。
誰も、怒っていない。
誰も、「間違いだった」と言わない。
――だから、修正されない。
「……違う」
俺は、思わず呟いた。
ミラが、こちらを見る。
「何が?」
「語った後で、起きた」
喉が、ひりつく。
「第三階層じゃない。ここでだ」
第三階層から戻ったあと。
話を聞き、納得し、
自分の物語を完成させたあとで。
男は、動けなくなった。
エリオが、俺に気づく。
「……結果は、受け入れるしかない」
「はい」
俺は、視線を逸らさずに答える。
「でも、結果じゃない」
エリオは、眉をひそめた。
「これは、過程です」
俺は続ける。
「語られた物語が、ここまで人を連れてきた」
エリオは、しばらく黙っていた。
やがて、静かに言う。
「それでも、人は意味がなければ進めない」
「……進まなくていい時もあります」
言葉は、噛み合わなかった。
そして、それでいいと分かっていた。
治療室を出ると、空が暗くなっていた。
風が、少し冷たい。
「……これでも、彼は生きてる」
ミラが言う。
「はい」
俺は頷く。
「でも、動けない」
生きている。
だが、選択できない。
第三階層は、
人を殺さない。
代わりに、
**納得という形で、終わらせる。**
その夜、ノートを開いた。
迷った末に、一行だけ書く。
――第三階層・確認。
――語ったあとに、止まる。
ペンを置いたとき、
はっきりと分かった。
この場所は、
攻略する場所じゃない。
**語らせないまま、離れる場所だ。**
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