第29話 語らせないという判断
その日から、俺は質問の仕方を変えた。
「何が起きたか」ではなく、
「誰に話したか」を聞く。
第三階層から戻ってきた探索者たちは、
皆、最初は少し戸惑った顔をする。
だが、すぐに答えを出す。
「……結構、話したな」
「仲間にも、ギルドにも」
「聞かれれば、普通に」
そして、続く言葉が決まっている。
「話すと、落ち着く」
「整理できる」
「納得できる」
俺は、その言葉を聞くたびに、背中が冷えた。
――語ることで、完成している。
第三階層は、
侵入した瞬間に終わるわけじゃない。
**語られた瞬間に、完成する。**
午後、酒場で小さな揉め事が起きた。
第三階層に興味を持つ若い探索者を、
戻ってきた者が囲んでいる。
「怖がる必要はない」
「意味のある体験だ」
「覚悟さえあれば」
言葉は優しい。
だが、逃げ道がない。
俺は、割って入った。
「……やめてください」
全員の視線が、俺に集まる。
「まだ、彼は入っていない」
俺は、ゆっくりと言う。
「今、意味を与える必要はない」
一瞬、沈黙。
そして、誰かが苦笑した。
「何を言ってる?」
「親切だろ?」
「情報共有は、大事だ」
正論だ。
正論すぎる。
だからこそ、否定しづらい。
「……第三階層は」
俺は、言葉を選ぶ。
「説明できるほど、単純じゃない」
それ以上、言えなかった。
言えば、俺自身が“物語を与える側”になる。
ミラが、俺の隣に立つ。
「彼には、まだ話さないで」
はっきりした声だった。
場の空気が、少しだけ変わる。
不満そうな顔もある。
だが、誰も強く反論しなかった。
夜、ミラが言う。
「嫌われ役、引き受けたわね」
「……必要でした」
俺は、正直に答えた。
「誰かが止めないと、全員同じ方向に流れる」
ノートを開く。
今日は、少しだけ書ける。
――第三階層・対処。
――説明を、急がない。
――納得を、共有しない。
――語らせないことも、防御。
書き終えて、ペンを置く。
これで守れるかは、分からない。
だが、何もしないよりは、ましだ。
第三階層は、
剣でも、罠でも、人を殺さない。
**善意と納得で、人を縛る。**
それを止めるには、
同じ言葉を使ってはいけない。
語らせない。
説明しない。
意味を与えない。
それが、今の俺にできる、
唯一の抵抗だった。
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