第26話 納得した顔
翌日、ギルドは妙に静かだった。
人がいないわけじゃない。むしろ多い。
ただ、空気が落ち着きすぎている。
「……第三階層、そんなに怖くないらしいな」
誰かの声が、耳に入った。
軽い。確信に満ちている。
「エリオが言ってた」
「覚悟の問題だって」
「自分と向き合えばいいんだろ?」
言葉が、次々と重なっていく。
どれも少しずつ違うのに、同じ方向を向いている。
――納得。
それが、この空気の正体だった。
俺は、掲示板の前で足を止めた。
第三階層関連の依頼に、人が集まっている。
昨日までは、距離を取られていたはずの場所だ。
「……増えてる」
思わず、呟いた。
ミラが、横で頷く。
「ええ。説明がついた瞬間、人は動く」
説明。
理由。
意味。
第二階層では、それらは毒だった。
だが第三階層では、もっと巧妙だ。
人を安心させる。
ギルドの奥で、エリオの姿を見かけた。
何人かに囲まれ、穏やかに話している。
「無理に進む必要はない」
「自分の限界が見えるだけだ」
「だから、怖くない」
聞いている者たちは、皆、同じ顔をしていた。
不安が消え、決意が固まった顔。
俺の背中に、冷たいものが走る。
「……行くな」
喉の奥で、言葉が詰まる。
だが、声にはならない。
止める理由を、説明できない。
説明できないことを、どうやって止める?
その日の午後、第三階層に入ったパーティが、三組。
全員、戻ってきた。
だが――
誰も、詳しい話をしなかった。
「……どうだった?」
「悪くない」
「思ったより、普通だ」
同じだ。
エリオと。
ミラが、低い声で言う。
「戻ってきた“全員”が、同じ調子」
「……はい」
喉が、乾く。
ギルドの治療室を覗いた。
怪我人はいない。
死者も、いない。
それなのに。
「……嫌な感じしかしない」
俺は、ノートを開いた。
だが、書けることがない。
規則も、危険も、兆候も。
何一つ、共有できない。
ただ、一つだけ、はっきりしている。
――語られる物語が、同じ形をし始めている。
その夜、俺はミラに言った。
「第三階層、入ります」
ミラは、すぐには答えなかった。
しばらくして、静かに言う。
「……理由は?」
「語られたままにすると、危険です」
俺は、正直に答えた。
「何が起きるかじゃない。“どう語られているか”を見たい」
ミラは、長く息を吐いた。
「あなた、本当に面倒なところを見るわね」
「……はい」
否定できなかった。
ノートの新しいページ。
そこに、短く書く。
――第三階層・兆候。
――“納得”が、先に来る。
ペンを置いたとき、胸の奥で何かが固まった。
第三階層は、
殺さない。
壊さない。
ただ――
**人を、動かなくする。**
その仕組みを確かめるために、
俺は、踏み込むしかなかった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




