第23話 空白を残す
第二階層に立ち入り制限がかかってから、ダンジョンは少し静かになった。
探索者の数が減ったわけじゃない。皆、第一階層で足を止めるようになっただけだ。
「……戻ってきたな」
俺は、入口付近の空気を感じながら呟いた。
第一階層。
音がある。反響がある。
理解できる――いや、“理解した気になれる”場所。
それでも、以前とは違う。
ここを通過点だと思えなくなっていた。
ノートを開く。
第一階層のページは、文字で埋まっている。
第二階層のページは、ほとんど白い。
俺は、その空白を前に、しばらく手を止めた。
「……書かない、か」
以前の俺なら、無理にでも言葉を当てはめただろう。
規則、仮説、傾向。
何かを書かなければ、進んでいない気がしたから。
だが今は違う。
空白は、失敗の証じゃない。
**踏み込みすぎなかった証拠**だ。
第一階層を、軽く周回する。
音の獣は、相変わらず音に反応する。
例外個体も、いる。
だが、俺はもう“学び直そう”とは思わなかった。
ここは、学ぶ場所じゃない。
確認する場所だ。
「……戻る」
それだけ言って、入口へ引き返す。
地上。
風。
人の声。
ギルドでは、第二階層に関する噂が落ち着き始めていた。
無理に挑む者が減った。
死者も、減った。
それが、何よりの成果だ。
ミラが、書類をまとめながら言う。
「あなたのノート、見せてほしいって人が増えてる」
「……全部は、渡しません」
俺は即答した。
「空白ごと、じゃないと意味がない」
ミラは、少しだけ笑った。
「分かってる」
その夜、俺はノートの最後に、一枚だけ新しいページを挟んだ。
何も書かない。
線も引かない。
ただ、日付だけを書く。
――空白。
それは、逃げじゃない。
未完成でもない。
**今は、ここまでだ**という意思表示だ。
ダンジョンは、まだ続いている。
次の階層も、きっとある。
だが、すべてを今、知る必要はない。
すべてを今、踏み込む必要もない。
立ち止まれること。
引き返せること。
空白を、空白のまま残せること。
それもまた、
探索者としての“成長”だと、今は思える。
俺はノートを閉じ、静かに息を吐いた。
第二階層は、未踏破のまま。
それでいい。
次に進むのは、
**その空白が、自然に埋まる時だ。**
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