第20話 速すぎる判断
その日は、最初から調子がよかった。
違和感を感じるまでの時間が短い。足が止まるのも早い。引く判断に、迷いがない。
「……今日は、いけるかもしれない」
そんな言葉が、頭の隅に浮かんだ瞬間。
俺は、それを危険だと認識できなかった。
境界を越える。
音が消える。
距離がほどける。
一歩。
違和感なし。
二歩。
問題なし。
三歩目――
胸の奥が、ひくりと鳴った。
俺は、即座に引いた。
考える前に、身体が反応する。
――沈まない。
「……よし」
成功だ。
明確な成功体験。
俺は、そのまま角度を変えて、再侵入した。
短く、浅く。今まで通り。
一歩。
二歩。
嫌な感覚。
即断。
引く。
――沈まない。
二回目の成功。
胸の奥に、確信めいたものが生まれる。
**速ければ、いい。**
俺は、さらに一歩だけ深く入った。
理由はない。ただ、試したかった。
三歩。
四歩。
違和感。
俺は、反射的に後退した。
――沈まない。
瞬間、背後の空気が、歪んだ。
「……?」
床が沈む。
俺の足元じゃない。
俺が、今いる位置でもない。
――退いた“先”。
判断が、速すぎた。
俺は、考える暇もなく、横に飛ぼうとして止まった。
距離が、条件になる。
身体が、硬直する。
「……来る」
喉が、乾く。
速さは足りていた。
判断も、正しかった。
だが――
**方向が、間違っていた。**
床が、さらに沈む。
逃げ場が、削られる。
「……っ!」
俺は、歯を食いしばり、身体を低くした。
飛ばない。走らない。
ただ、重心を落とす。
床の沈下が、わずかに遅れた。
その隙に、俺は“戻る”のではなく、“横へ”移動した。
判断を、切り替える。
床は、そこも沈ませた。
だが、完全じゃない。
俺は、そのまま転がるように境界へ逃げた。
第一階層。
音が、戻る。
俺は、膝をついた。
息が、荒い。
「……速ければ、いいわけじゃない」
ようやく、言葉にできた。
速い判断は、確かに武器だ。
だが、それだけを信じた瞬間、思考を放棄している。
俺は、ノートを開いた。
久しぶりに、はっきりと書く。
――第二階層・失敗記録。
――即断は有効だが、万能ではない。
――速さに、縋った瞬間、判断は雑になる。
書き終えて、深く息を吐いた。
考えすぎても、死ぬ。
考えなさすぎても、死ぬ。
第二階層は、その中間を要求している。
俺は、境界を見つめた。
胸の奥にあった慢心が、ゆっくりと冷えていく。
――まだだ。
速さを得ただけでは、足りない。
この階層は、俺にそう突きつけていた。
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