第18話 残らない答え
カインと別れたあと、俺はしばらく第一階層に戻らなかった。
戻れば音がある。反響がある。理解できる世界だ。
だが今は、そこに逃げ込む気になれなかった。
第二階層の境界付近。
音が薄れ、距離が曖昧になる場所。
俺は、そこで立ち止まり続けていた。
「……答えを、持たない」
カインの言葉が、頭の奥で何度も反芻される。
答えを持たない勇気。
それは、今までの俺のやり方と、真逆だった。
俺は、ノートを開いた。
だが、書き足すことはしない。
代わりに、これまで書いた“答え”に線を引いていく。
――距離が条件。
――留まることも接近。
――近づかなければ安全。
一本、また一本。
否定じゃない。破棄だ。
「……残らない」
ノートは、理解を残すためのものだった。
だが、第二階層では、残した瞬間に足を引っ張る。
ミラが、少し離れた場所で俺を見ていた。
「珍しいわね。書かないなんて」
「書くと、持ち込んでしまう」
俺は正直に答えた。
「答えを」
ミラは、しばらく黙ってから言う。
「それでも、あなたは考える人よ」
「はい」
俺は頷く。
「だから……考え続けるしかない」
第二階層に、再び足を踏み入れる。
今度は、短く。
深く入らない。
一歩。
何も起きない。
二歩。
違和感、なし。
三歩。
――ざわり。
理由は分からない。
だが、胸の奥が、嫌だと言っている。
俺は、即座に引いた。
床は、沈まない。
何も起きない。
生き残った。
だが――何も、分かっていない。
それでいい。
そう、言い聞かせる。
もう一度。
今度は、少し角度を変えて入る。
二歩目で、嫌な感覚。
理由は、やはり分からない。
引く。
沈まない。
成功だ。
だが、達成感はない。
「……これが」
小さく呟く。
「カインの世界か」
理解は、残らない。
成果も、積み上がらない。
だが、生き残る確率だけが、わずかに上がる。
地上に戻り、ノートを閉じた。
ページは白いままだ。
不安になる。
これで成長していると言えるのか。
だが、ふと気づく。
今までの俺は、
“分かった”という感覚に、安心していただけだ。
第二階層は、それを許さない。
分からないままでも、動けるか。
分からないままでも、引けるか。
それを、毎回問う。
境界を見つめながら、俺は静かに息を吐いた。
この階層では、
答えは残らない。
残るのは――
**引く速さだけだ。**
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