第17話 同時侵入、別の答え
カインと一緒に第二階層へ入ることになったのは、その翌日だった。
約束でも計画でもない。入口で顔を合わせ、互いに「行くか」と頷いただけだ。
ミラは少し後ろに下がり、境界の手前で止まる。
「今日は、二人で」
それだけ言って、深追いはしなかった。
境界を越えた瞬間、音が消える。
距離が、ほどける。
俺は反射的に、足を止めた。
カインは――止まらない。
「……待て」
俺が言うと、彼は振り返りもしない。
「考えるな」
それが、彼なりの合図だった。
数歩進む。
何も起きない。
俺は、頭の中で条件を組み立て始める。
距離。滞在時間。位置関係。
だが、その思考がまとまる前に、背中がぞわりとした。
「……違和感」
俺が呟いた瞬間、カインは即座に動いた。
横へ。
理由もなく、迷いもなく。
次の瞬間、彼が立っていた場所の床が、音もなく沈んだ。
俺の喉が鳴る。
正しい判断だった。だが――
「遅い」
カインが、振り返って言った。
「考えたろ」
「……考えた」
否定できなかった。
俺は、同じ場所を避ける。
一歩、距離を取る。
今度は、沈まない。
正解だ。
だが、その“正解”を掴むまでに、時間がかかっている。
進むほどに、差が開く。
カインは、何も記録しない。
周囲も見ない。
ただ、“嫌な感じ”がした瞬間に、切り捨てる。
俺は、逆だ。
嫌な感じを言語化しようとして、立ち止まる。
そして――
空間が、歪んだ。
「――下がれ!」
俺が叫ぶ。
正しい判断だ。
だが、遅い。
床が沈む。
逃げ場が、狭まる。
その瞬間、カインが俺の腕を掴んだ。
引き倒すように、横へ投げる。
俺が転がった先で、床が落ちた。
「……助けたな」
俺は、息を整えながら言った。
「ついでだ」
カインは、淡々と答える。
「死なれると、面倒だ」
嫌味でも、優しさでもない。
ただの事実。
「分かったか」
カインが続ける。
「お前、正しい。でも、生き残るには遅い」
反論しようとして、言葉が出なかった。
その通りだったからだ。
境界まで戻る。
それが、カインの判断だった。
「もう終わりですか」
俺が聞く。
「違和感が続いた」
彼は、短く答えた。
「続いた時点で、ここは捨てる」
第一階層に戻った瞬間、音が戻る。
水滴の音が、やけに騒がしい。
俺は、その場に座り込んだ。
頭が、重い。
「……俺のやり方、間違ってますか」
思わず、聞いていた。
カインは、少しだけ考えた。
「間違ってない」
「……でも」
「向いてない場所があるだけだ」
その言葉が、胸に残った。
第二階層は、
考える者を試す場所じゃない。
考える“速さ”と、
捨てる“決断”を要求する場所だ。
俺は、ようやく理解し始めていた。
正解を探すことと、
生き残ることは――
必ずしも、同じじゃない。
境界の向こうを見つめながら、俺は思う。
この階層で必要なのは、
**答えを持たない勇気**だ。
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