第14話 近づかないという学習
第二階層に入らない日が、三日続いた。
ギルドでは「慎重すぎる」と言う者もいたが、俺は気にしなかった。今は、進まないこと自体が訓練だ。
代わりに、俺は入口の“外”を観察した。
境界線の手前。第一階層の最奥。
多くの探索者が、ここをただの通過点として扱う場所だ。
だが、立ち止まってみると、違いがある。
音の反響が、わずかに歪む。
水滴の落ち方が、不規則になる。
第一階層の規則が、少しずつ“崩れ始めている”。
「……混ざってる」
第一階層の論理と、第二階層の論理。
完全に切り替わるわけじゃない。
境界は、思っていたより曖昧だ。
ミラは、俺の隣で黙って立っていた。
「入らないのに、よく見るわね」
「入らないから、見えることもあります」
そう答えると、彼女は小さく息を吐いた。
「多くの人は、境界を“越えるか越えないか”でしか考えない」
「……でも、ここはもう第二階層の影響下です」
俺は、地面にしゃがみ込み、指で砂を払った。
第一階層では均一だった砂の層が、ここでは妙に薄い。
下にあるのは、硬い床。
――距離。
第二階層で感じた、あの感覚。
近づくことで条件を満たしてしまう、あの仕組み。
「……近づかない、って選択も」
俺は、独り言のように言った。
「技術になるかもしれない」
ミラが、こちらを見る。
「どういう意味?」
「第二階層は、距離を測る場所です」
言葉を選びながら、続けた。
「でも、測られる前に離れていれば……条件に、入らない」
進む技術じゃない。
留まる技術。
近づかないという行為そのものを、判断として確立する。
その日、俺は境界付近だけを周回した。
一歩も、第二階層には入らない。
だが、昨日より多くの情報を持ち帰れた。
地上に戻り、ノートを開く。
――境界付近は、混合領域。
――第一階層の規則が、完全ではなくなる。
――第二階層は「入った瞬間」ではなく、「近づいた瞬間」から始まる。
書き終えて、俺はようやく理解した。
これまで俺は、
「どうやって進むか」ばかり考えていた。
でも、第二階層が要求しているのは、
**どこまで近づいていいかを、決める力**だ。
進まないことは、逃げじゃない。
無謀に近づかないことは、臆病でもない。
それは――
生き残るための、れっきとした学習だ。
第二階層は、まだ遠い。
だが今は、それでいい。
俺は境界を見つめながら、
「近づかない」という選択肢を、
はっきりと自分の武器として、胸に刻んだ。




