第13話 引くという選択肢
第二階層から戻って、しばらくの間、俺は潜らなかった。
怖かったからじゃない。――判断が、鈍っていると分かっていたからだ。
ノートを開いても、同じ行を何度もなぞるだけになる。
距離。空間。判断の速さ。
分かっている言葉ほど、現場では遅れる。
「……引く、か」
口に出すと、思っていたよりも重かった。
ギルドの掲示板には、第二階層関連の張り紙が増えている。
行方不明。重傷。撤退。
成功報告は、ない。
「挑む人は減らない」
ミラが、俺の隣で言った。
「減るのは、戻ってくる人」
その現実に、言い返せなかった。
「……俺、次は入らない方がいいと思います」
言葉にすると、胸の奥が軋んだ。
「少なくとも、今は」
ミラは驚かなかった。
むしろ、少しだけ安堵したように見えた。
「理由は?」
「判断が遅い」
俺は即答した。
「分かろうとしすぎる。第一階層の癖が、抜けてない」
ミラは、静かに頷く。
「正しい分析ね」
その日、俺は第二階層の入口まで行き、越えなかった。
境界の前で立ち止まり、空気の違いを感じるだけ。
音が、死ぬ。
距離が、曖昧になる。
それだけで、足が前に出そうになる。
“確かめたい”という衝動が、まだ強い。
「……違う」
俺は、自分に言い聞かせた。
「今日は、引く」
背を向ける。
それだけの行為が、これほど難しいとは思わなかった。
第一階層に戻ると、音がある。
反響がある。
分かる世界だ。
そこで、俺は一つ、試した。
あえて、危険が出やすい地点まで行き、引き返す。
成功でも、検証でもない。
“途中でやめる”という行動。
何も起きなかった。
それが、奇妙に胸に残る。
地上に戻り、ノートを開く。
新しいページに、短く書いた。
――第二階層・準備段階。
――理解より先に、決断が要る。
――進むだけが、前進じゃない。
書き終えたとき、少しだけ肩の力が抜けた。
強くなることは、先へ行くことだと思っていた。
でも今は、違う。
生き残るために必要なのは、
進む判断と、同じくらい――引く判断だ。
第二階層は、逃げない者を殺す。
そして、引けない者も、同じように殺す。
その事実を、俺はようやく受け入れ始めていた。
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