第12話 正しい判断が、遅すぎる
第二階層から戻った夜、俺はほとんどノートを書けなかった。
書こうとすると、手が止まる。分かったことより、分からないことの方が多すぎた。
音が通じない。
振動も主軸じゃない。
距離、空間、存在そのもの。
どれも言葉にはできる。
だが、それを「判断」に落とし込むには、致命的に材料が足りない。
「……考えれば何とかなる、って思ってたな」
小さく呟いて、ノートを閉じた。
翌日、ギルドはざわついていた。
第二階層に挑戦したパーティが、戻ってきていない。
「中堅だぞ?」
「装備も揃ってた」
「第一階層は問題なく周回してたらしい」
胸の奥が、嫌な音を立てる。
ミラも、その話を聞いていた。
視線が合い、言葉なしで理解する。
「……確認しに行く?」
俺が言うと、ミラは一拍、間を置いた。
「単独じゃない。様子を見るだけ」
第二階層の境界は、昨日と同じだった。
音が死ぬ。
距離が、掴めなくなる。
俺たちは、昨日より慎重に進んだ。
一歩ごとに止まり、空間を“測る”ように意識する。
――何も起きない。
「……来ない、ですね」
俺が言いかけた、その瞬間。
ミラが、俺の肩を強く掴んだ。
「下がって!」
言われた通りに一歩引いた瞬間、俺の足元の床が、静かに沈んだ。
音はない。予兆もない。
「……っ」
俺は、反射的に距離を取ろうとして、また止まる。
動きすぎると、次の“距離条件”を満たしてしまう。
その時、前方で何かが見えた。
人影だ。
「……誰か、いる?」
声が震えた。
影は、倒れている探索者だった。
動かない。
「待て」
ミラが、俺を制する。
「近づくな」
分かっている。
分かっているのに。
あそこに行けば、何が起きるか。
距離が、条件だと分かっている。
それでも――
人が倒れているのを、見過ごせるほど、俺は冷静じゃなかった。
「……行きます」
俺は、言ってしまった。
一歩。
床は、反応しない。
二歩。
何も起きない。
三歩。
空間が、歪んだ。
「――戻れ!」
ミラの声が、遅れて届く。
俺は、判断した。
近づきすぎた。
正しい判断だ。
だが――遅かった。
床が、俺の進行方向だけを選ぶように、沈んだ。
逃げ道は、残っていない。
俺は、反射的に跳ぼうとして、止めた。
跳べば、距離が変わる。
条件を、さらに満たす。
――詰んだ。
そう思った瞬間、横から強い力で引かれた。
「……っ!」
ミラだった。
彼女は、杖を床に突き刺すようにして、俺を引き倒した。
杖の先端が、床に触れた瞬間、別の場所が沈む。
空間の“選択”が、ズレた。
俺たちは、転がるように後退した。
心臓が、痛いほど鳴っている。
「……ごめんなさい」
息も整わないまま、俺は言った。
「分かってたのに……」
「分かってたから、危なかった」
ミラは、短く言った。
「判断は正しかった。でも、遅すぎた」
倒れていた探索者には、結局近づけなかった。
境界まで戻り、俺たちは引き返した。
第一階層に戻った瞬間、音が戻る。
水滴の音が、やけに現実的だった。
俺は、その場に座り込んだ。
手が、はっきり震えている。
ノートを開く。
今回は、はっきり書けた。
――第二階層。
――正しい判断でも、遅ければ意味がない。
――考えている時間そのものが、条件になる。
書き終えて、顔を上げる。
第二階層は、理解を試す場所じゃない。
“判断の速さと覚悟”を、試す場所だ。
そして俺は、痛いほど分かっていた。
今の俺は――まだ、足りない。
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