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堕落賢者、時を遡りすべてを救う  作者: 黄色戦士


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2/2

村で始まる二度目の人生



……息が、軽い。


それが最初に感じた違和感だった。


肺に入ってくる空気がやけに澄んでいて、胸が痛くならない。

酒で焼けつく喉も、老いた体の鈍さもない。


アルドは、ゆっくりと目を開けた。


天井が見える。

古い木材。少し歪んだ梁。見慣れた――いや、懐かしい天井。


「……ここは……」


声が、高い。


喉から出た音に、アルド自身が息を呑んだ。

枯れた中年の声じゃない。

子供の、まだ変声もしていない声。


布団の上で、両手を見下ろす。

小さい。指が短く、傷もない。


「……戻った、のか……」


魂が、震えた。


魔王戦の記憶。

セリスの声。

酒場での日々。

ダンジョンの最下層。

白髪の精霊――ティア。


すべてが、はっきりと残っている。


――八歳だ。


その結論に至った瞬間、胸の奥がきしむように痛んだ。


その時だった。


「アルドか?」


扉の向こうから、低く優しい男の声がした。


――父さん。


懐かしさが、刃のように胸を抉る。


「起きてるなら、顔を洗ってきな。朝だぞ」


「……あ、ああ」


返事をしながら、アルドは喉を押さえた。

泣きそうになるのを、必死でこらえる。


――まだ、生きてる。

――この人たちは、まだ失われていない。


扉が開き、父が顔を出す。

日に焼けた顔、少し無骨な笑み。


「どうした、ぼーっとして。夜更かしでもしたか?」


「……いや」


父は不思議そうに首をかしげたが、深くは追及しなかった。



家を出ると、村の朝の音が広がっていた。


鶏の鳴き声。

井戸で水を汲む音。

パンを焼く香ばしい匂い。


「おはよう、アルド!」


「今日も早いねぇ」


村人たちが、当たり前のように声をかけてくる。


アルドは、胸が詰まるのを感じながら、小さく頭を下げた。


――この人たちも、いずれ……。


思考を、強引に止める。


(いや……違う)


(今度は、違う)


井戸のそばで、水を汲んでいた女性が笑いかけてきた。


「アルド、また変な顔してるよ?」


「……考え事してただけだ」


「八歳のくせに、じいさんみたいな言い方だねぇ」


周囲が、くすくすと笑う。


――そうだろうな。

魂だけが、五十年以上先を生きている。



家に戻ると、母が朝食を並べていた。


「ほら、早く座りなさい」


その声に、アルドの足が一瞬止まる。


――この人も、守れなかった。


「……母さん」


「なあに?」


「……なんでもない」


言葉にすれば、すべて壊れてしまいそうだった。


食卓につくと、父がふっと笑った。


「そういえばアルド、お前、最近変だな」


「変?」


「前はもっと、ぼーっとしてたろ」


母も頷く。


「ええ。今は……なんだか、大人びて見えるわ」


アルドは、視線を落とした。


(気づかれるわけがない)


(この魂が、どれだけ血を被ってきたかなんて)



食後、外に出る。


村外れの、小さな丘。

子供の頃、よく一人で座っていた場所。


そこで、ようやく――声がした。


『落ち着いた?』


背後でも、前でもない。

頭の奥に直接響く声。


アルドは、静かに息を吐いた。


「……ティア」


光が、空気に滲むように集まる。


白髪の少女が、そこにいた。

儚く、現実味がないほど静かな存在。


『ちゃんと戻れたみたいだね。八歳の君に』


「……ああ」


『周囲の人には、僕は見えない。今は君の魂に寄り添う存在だから』


「……魂、か」


その言葉に、苦笑が漏れる。


『契約内容は覚えてる?』


「もちろんだ」


アルドは、拳を握る。


「時を遡る代償として、君の魔力を使う。

 使えば使うほど、君の寿命は削れる」


ティアは、否定しなかった。


『だからこそ、無駄遣いはできない』


「……だから、強くなる」


アルドは、前を見据えた。


「今度は、誰も犠牲にしない」


『英雄に、なりたい?』


その問いに、アルドは一瞬だけ黙った。


――英雄になれなかった男。

――仲間を守れなかった賢者。


「……なりたい」


静かだが、揺るがない声だった。


「今度こそ、胸を張って英雄だと言える自分に」


ティアは、少しだけ微笑んだ。


『じゃあ、まずは修行だね』


「当然だ」


アルドは、小さな体で、拳を強く握る。


「クロノフォースは、詠唱時間が力になる魔法だ。

 でも、時間を稼ぐために仲間を犠牲にする戦い方は――もうしない」


『……だから、詠唱時間を圧縮する?』


「できる」


断言だった。


「君の時の力と、俺の魔法を合わせれば」


ティアは、少し驚いたように目を瞬かせる。


『……本当に、子供じゃないね』


「魂が違う」


アルドは、村を見下ろした。


平和な風景。

まだ、何も失われていない世界。


「ここから始める」


「八歳から、全部やり直す」


その背中は、小さくても、確かに覚悟を宿していた。


こうして――

英雄になれなかった男の、二度目の人生が始まった。

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