プロローグ 堕落賢者のやり直し
世界を覆う闇――魔王がその姿を現したとき、アルドは賢者として最後の戦いに立っていた。
目の前には、勇者たち――盾を構える勇者、剣を握る戦士、そして微笑むセリス。仲間を守れなかった日々の後悔が胸を締め付ける。
アルドは戦法を仲間に説明する。
「俺の魔法、クロノフォースは、詠唱時間が長ければ長いほど威力が増す。だが、詠唱は数十分必要だ。その間、俺だけでは防げない――だからお前たちに時間を稼いでもらう」
仲間たちは頷き、戦闘が始まる。
剣と盾を振るい、魔物の猛攻に耐え、体はすでにボロボロ。だがアルドの瞳には決して迷いはない。
時間稼ぎを続ける勇者たち――このままでは自分の魔法で巻き込んでしまう。
胸に痛みが走る。心の奥で、セリスの声が響いた。
「アルド……魔法を撃って! 魔王を倒すと信じてる!」
アルドは深呼吸し、杖を握り直す。
仲間の信頼が、絶望の中で光を放つ。
そして、長い詠唱が完了した瞬間――魔王への一撃が世界を切り裂いた。
薄暗い酒場の片隅、アルドはグラスを握り締めて俯いていた。
かつて世界を救った賢者――魔王討伐の勇者パーティーの一員――その肩書は、今や重荷でしかない。
王からは「なぜ生き残った」と責められ、世間からは冷たい視線。
仲間を守れなかった自分を責め、日々をだらしなく過ごす――誰も、許してはくれない。
小声で呟く。
「セリス……」
胸の奥で、かつての仲間の声がよみがえる。
そして――守れなかった日々の痛み。
そんな時、酒場の隅で男たちの声が耳に入った。
「聞いたか? 新しく発見されたダンジョンに、時を操る秘宝があるらしいぜ」
「誰も成功した者はいないって話だ」
アルドの心臓が跳ねる。
――時を操ぶ? その力があれば、過去を変えられるかもしれない……。
立ち上がり、酒場の客たちに問いただす。
「どこにある! 場所を教えろ!」
しかし誰も答えず、そそくさと席を立つ者もいた。
孤独と焦燥感が胸を締め付ける。
――仕方ない。自分で調べるしかない。
アルドは足を運び、冒険者ギルドへ。建物に入ると、すぐに冷たい視線が飛んできた。
「……あの生き残りか」
陰口を囁く者もいる。かつての英雄――いや、今は英雄になれなかった男――としての評価は、依然として低いままだった。
だが、ギルドの受付嬢だけは違った。明るくハキハキとした声でアルドに応対する。
「ご用件は? お探しのダンジョンについてですか?」
優しい笑顔に、アルドは少し心を落ち着けた。
受付嬢から南方に位置するダンジョンの場所を教えてもらい、古びた地図を手に入れる。
これから進むべき道が、静かに彼の手の中に示されていた。
アルドは握った拳を解き、深呼吸をひとつ。
――俺が行く。セリスを、そして過去を取り戻すために。
――誰も助けてくれなくても、自分の力で進む。
⸻
南方への道は長く、荒れた森や険しい山道を越えながら、アルドは足を進める。
風が木々を揺らし、砂利を踏む音だけが響く。膝は少し震えるが、胸の奥の炎は消えていなかった。
数日後、ついにダンジョン入口に到着する。巨大な石扉と暗い洞窟が、挑戦者を静かに待ち受けていた。
最初の通路は狭く、落とし穴や鋭利な槍の罠が仕掛けられている。
「……肉体強化魔法で跳躍力と反射神経を限界まで高めれば、罠も回避できる」
杖を手に慎重に歩を進める。魔法を展開すると体が軽くなり、跳躍力と腕力が増す。杖で仕掛けを押しのけ、通路を切り抜ける。
小さな魔物が現れる。体は小さいが俊敏で、噛みつきや突進で攻撃してくる。
アルドは独り言のように呟く。
「俺の能力は、詠唱時間が長ければ長いほど威力が増す魔法だ。無詠唱でも撃てるが威力は低い。長時間詠唱は集中力を消耗する……だから、まずは体を強化して、杖で補助しながら戦う」
杖で攻撃を受け流しつつ、一撃ずつ確実に魔物を倒す。
通路を抜け、ついに最下層へ。深い闇の中、低く唸る音が洞窟に響く。
巨大な魔物が姿を現した。赤く光る瞳が触れるものすべてを威圧する。
アルドは杖を握り、体を限界まで強化し、魔物の攻撃を受け流す。
魔物が腕を振り下ろす。アルドは跳躍し、杖で迎撃。
「これなら……一人でも戦える」
慎重に動きを読み、杖で連続攻撃を叩き込み、最後の一撃で魔物を打ち砕く。
闇が静まり返った瞬間、柔らかな光が差し込み、目の前に現れたのは――白髪で儚げな少女、ティアだった。
「やっと来てくれたね、アルド」
小さくも力強い声。胸に響く響きに、アルドは杖を握り直す。
「君は……?」
ティアは微笑む。
「私は時の精霊、ティア。君の願いを聞かせて」
アルドは震える手で答えた。
「俺は……全てを救いたい。セリスを、仲間を、過去を……!」
ティアはうなずき、手を差し伸べる。
「わかった、契約しよう。君の時間を遡らせてあげる」
その瞬間、世界がゆっくり色を変え、アルドの意識は過去へと引き戻されていく。
――八歳の自分へ。
こうして、堕落した賢者アルドは、再び歩み出すための新たな第一歩を踏み出したのだった。




