本当の覚えていない家族
「今でも恥ずかしいんだけど、佳緒に八つ当たりしたことあるんだ。何も覚えてないのに俺から離れなくて、どうして思い出してくれないのって怒鳴った。佳緒はどうしてか寿命を壊したことに対して怒られてると思っていたらしいけどね。本当に馬鹿だった。原因なんて分かりきっていたのに、凄く悲しくて苛立って八つ当たりした」
当たり前だろう。何も覚えてないのはとても悲しい。引き取りも上手くいかなくて苛立ちが積もっていたのだろう。
「ハッとした時にはもう遅くて、佳緒は今まで見たことないぐらい凄く泣いてた。当たり前だよね、急に怒鳴られたんだから。後悔したよ、言うつもりなんてなかったのに、傷つけるって分かっていたのに、止められなかった。そのせいで佳緒はずっと自分を責めてる。俺が一時の感情を制御できなかったせいで、佳緒に一生苦しみを与えてしまったんだ」
悲しそうに顔を歪めながらごめんねと佳緒に向かって謝っている。自分のせいで娘が苦しむとなれば後悔もするだろう。もぞもぞと腕の中が動く音がした。
「んぅ……、?かーくん、ないてるの?」
「佳緒……」
「悲しいときはね、たいせつな人をおもいだすと悲しくなくなるよ」
「それはどこで知ったの?」
二人を邪魔するのはどうかと考えたが、今ここで聞いたら凄く幸せになれそうな回答をくれる気がしたのだ。そんな問いに佳緒は笑顔で言い切った。
「私がかんがえたの!苦しくて痛くて悲しいことがあったけどね、あんまり覚えてないけど、一緒にいてくれた人をおもいだして頑張れたの」
その回答に俺は笑う。やはり覚えていなくても本能が知っているものだ。
「一緒にいてくれた人はどんな人?」
「あんまり覚えてないけど、すごく私をたいせつにしてくれた大好きな私のお父さん!おかおは覚えてないけど、お父さんにぎゅーってされるとねすごく安心したの!それに名前呼んでくれるの凄く嬉しかった!あとね……わぷっ」
佳緒の言葉が遮られた。――先生が佳緒を抱き締めたからだ。先生の瞳からキラキラと光る雫が落ちる。
「ありがとう……佳緒。ありがとう。俺も大好きだよ。生きてくれてありがとう。辛かったのに頑張ってくれてありがとう。……生まれてきてくれてありがとう」
「かーくん、ないてるの?悲しいの?」
佳緒は先生の頬に手を伸ばす。小さい手に涙を拭われながら先生はとびっきりの幸せを詰め込んだ笑顔で言った。
「嬉しいの。佳緒が生きてくれる事が凄く嬉しい」
「かーくんってばへんなの〜」
目の前には幸せな親子が写っている。記憶が戻ることはないのかもしれない。それでも、今はもう少し幸せに浸ったって誰も怒らないだろう。




