一兎を得ずとも
所々黒い重たい空を眺めて俺は、昔聞いた言葉を思い出した。
「二兎を追うものは一兎も得ず」
――欲しがりてもいけないんだよ。そう笑う彼女の姿を思い出した。欲しがらないと何も手に入らないだろ?と笑って言い返したのを覚えている。かと言って今まで俺は欲しがって何かを得られただろうか。いや、得られたな。最愛の彼女を持ち、友人にだって恵まれた。仕事は辛いこともあるけど、支えてくれる人もいてくれた。思えば順風満帆だったのかな。あぁ、でも今は願いが叶わないでいた。
「おい!人が倒れてるぞ!」
周りがざわめく音でほんの少し現実に戻った。人々はかたまり、野次馬として鑑賞している。そんな中果敢に前へ出て人命救助をしようとする優しい人がいた。
「諦めるなよ!助けてやるからな!」
遠くでそんな声が聞こえて、優しいなと笑いが溢れる。人の死に様なんて見たくないだろうに。俺なら怖くて動けないかもしれない。そしてその優しい人は、手に握っているボロボロのものが目に入った。遠くからでもきらりと光る指輪だ。彼はグッと泣くのを我慢するような表情を見せた後、もう一度声を張り上げた。
「それを大切な人に渡すんだろ!?生きろ!まだ君たちには未来があるじゃないか!」
しかし諦めたように指輪を持っていた手が落ちた。見てもすぐにわかる。もう限界だろう。
――俺は死ぬのだろう。二兎を追うものは一兎も得ず。彼女の声が響き渡る。それでも俺は二兎を追いたいよ。
「せめて最期に笑ってくれ。でも……さよなら」




