睡蓮
「もう終わったの?」
立っているのもつらい筈なのに
痛め付けられた腹部を片手で押さえて立ちながら、君の表情は余裕に満ちている
地下室に来てから既に、4桁回くらい僕は君を殴打していた
道具は何も使っていない
これは飽くまで性交の代替行為であり、肉と肉がぶつかる必要があると僕は感じている
僕たちは互いに同じ染色体を持っていて、交わる事が出来ない躰をしていた
だけど衝動だけは常に胸の内にあって、僕は絶えずその炎に躰を焼かれ続けていた
「ボクを屈服させると言っていたけど…」
「君には難しかったかな?」
何回目かも解らない拳が君に突き刺さる
ただしそれまでと違い、握った拳は頬を鋭く捕らえていた
顔は殴らない様に心掛けていたつもりだったが、既に僕も君も、行為への没頭に熱が入り過ぎ始めていた
君の打たれた頬がゆっくりと紫に染まっていく
陶器のような皮膚の内側で、血溜まりが出来ている証左だった
「ここまでするつもりは無かったのに」
僕は心の中で思った
僕は狂ってしまったのだろうか?
だとすれば、君もそうだろうか?
考えを見透かした様に、君は蔑みの視線で僕を視る
その眼が僕を誘惑する
快楽に抗えず、僕は君の頭を左手で掴むと、頬の同じ所にもう一度、拳を突き刺した
立っていられなくなった君が、後ろに倒れてうつ伏せになる
僕は馬乗りになると、腕で喉を圧迫して押し潰した
──泣け、泣けよ
絶対に屈服させたかった
支配して、蹂躙して、自分のものにしたかった
現実には涙しているのは僕の方だった
君は僕の喉を絞めている腕に両手をかけたが…すぐに外した
メッセージだった
「お前にそんな事出来ない」という意味の
事実として、僕は君を殺す事は出来ない
君に恋をしてしまったからだ
僕は叫び声を上げながら、君から離れた
両手で頭を抱え、生まれたばかりの赤子の様に大きな声で泣き続けた
喉が枯れ、叫ぶ事も出来なくなった時、僕は君を視た
君は少し疲れた顔で胸を上下させて呼吸しながらも、挑発的な視線をこちらに向けていた
「楽しくならないね」
君がゆっくりと躰を起こし、立ち上がり、僕の前に来る
急に視界が暗くなり、僕は後ろに倒れる
気付けば僕は君に、靴底で顔を踏みにじられていた
「こっちの方が楽しいかも」
僕は泣きながら君の踝を両手で掴み、何度も踏み付ける足を払い除けようとした
すぐに解った
それは僕の本心では無かった
抵抗を止めると、躰中を心地良い痛みが包んだ
君が、僕のためだけに作ってくれた痛みだ
僕の躰であちこちの皮膚が破けて、どろりとした血が流れ出る
恍惚としながら僕は呟いた
「ねえ」
「今ここで、殺して…?」