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ロフト

作者: 雉白書屋

 とあるワンルームマンションの一室。内見に来た彼は、廊下を抜けて洋室に足を踏み入れた瞬間、「おおっ」と思わず声を漏らした。


「陽当たりがいいっすね……ん? この部屋、なんか天井が低くないですか?」


 彼は振り返り、不動産会社の男に訊ねた。


「この部屋、実はロフト付きなんです。ほら、あちらから上がれますよ」


 男が指さした先、壁際にはしごがあった。


「おー、ロフト! いいっすね! ……いや、全面ロフト!?」


「はい、そうです」


「ロフトって普通、部屋の半分くらいの広さじゃないんですか?」


「まあ、屋根裏部屋のようなものだと考えていただければ……」


「なるほどねえ……ちょっと上がってみてもいいですか?」


「ええ、もちろんです」


 彼は興味津々で、はしごを登り始めた。しかし、ロフトに到達してすぐ、その狭さに驚いた。天井が極端に低く、平均的な体格の彼でも進むには赤ちゃんのように四つん這いになる必要があった。


「いや、狭いですね。しかも窓がないからすごく暗いし……」


 ロフトから降りた彼は、男にそう言った。


「確かに狭いですが、収納スペースとしては十分ですし、他にも隠したいものとか、ああ、いえ、とにかく便利ですよ」


「うーん、まあ、物置としてなら確かに……」


 彼は迷ったが、結局この部屋に引っ越すことにした。前の部屋の契約期限が迫っており、予算内で他に良い物件がなく、ロフトへの憧れがあったのだ。

 しかし、引っ越しから数日後、彼は奇妙な現象に悩まされ始めた。


「……うるせえな」


 夜中、彼は顔を掻きながらベッドから起き上がり、天井を睨みつけた。

 毎晩、上の階からドッ、ドン、ドッ、ドン……と重い音が響いてくるのだ。床を踏むか、手で叩いているような音だった。普通の生活音とは思えず、こちらに向けたもののようだった。


「クソッ、我慢の限界だ……」


いい加減腹が立ってきた。引っ越したばかりということもあり、生活音には十分注意していた。こちらに非はない。叩き返してやろう。

 彼はそう思い、ぐっと足に力を入れた。天井が低いので少しジャンプすれば手が届く。


 ――ドッ、ドン、ドッ、ドン。


「……いや、ロフトに上がったほうが確実だな」


 そう考えた彼はロフトに上がり、音の出所を探すことにした。スマートフォンのライトをつけて進む。しかし、突然音がぴたりと止んだ。


「なんだよ、今さら止むなよ……」


 ロフトに上がったことが向こうに気づかれたのだろうか。舌打ちをしながら、彼は音がしていたあたりを目指して進む。ロフトの奥はさらに暗く、空気がひどく重たく感じられた。


「たぶん、このあたりだな……」


 彼は体の向きを変え、天井に目を向けた。すると、奇妙な違和感に気づいた。

 天井に、不規則な突起がある。指で触ると、立体地図のように広がりがあることがわかった。

 彼は指を這わせてそれを辿っていった。


「……あ、あああ!」


 彼は思わず声を上げ、スマートフォンを手から落とした。


 その突起は人の顔の形をしていた。まるで生き埋めにされたように、苦悶の表情を浮かべていた。

 彼は震える手でスマートフォンを拾い上げ、体の向きを変えてこの場を離れようとした。

 だが、できなかった。両肩に冷たい圧力がかかった。

 何かが彼の体を押さえつけ、振り向くことも体を動かすこともできない。ただ顔を横に向けることくらいしか。

 スマートフォンの明かりがほのかに照らすそれは、今や天井からはっきりと浮き出ていた。 


 ――ドッ、ドン、ドッ、ドン。


 音がする。


 ――ドッ、ドン、ドッ、ドン。


 その音は今、彼の胸の内から響いていた。

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