表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

夢の眼鏡

 最後のお題は「眼鏡」。


 思春期を拗らした茂呂博士は、欲望のままに透視眼鏡を発明する。

 さっそく試着する博士だったが、美味いことばかりが起きるわけもなく……

 茂呂博士は、少年のような心を持った人とよく言われる。彼が、光に関する研究に傾倒していた時、その心は開花した。


「……光の波長を研究して、動物の細胞に反射した光だけを増幅して見ることが出来たら……服が透ける眼鏡とか作れないかな?」


 最低だった。

 少年というよりも、ただ思春期を拗らせただけだが、たちの悪いことに学者としての才能は本物だった。もっとも、その才能を持ってしても五年の年月が必要だったが、茂呂博士は、いつもの自分の研究所で、ひっそりと透視眼鏡を完成させた。

 薄暗い研究室の、ステンレス製の机の上に鎮座するそれは、初期の試作型ということもあって、眼鏡というには仰々しく、glass(ぐらす)というよりはgoggle(ゴーグル)といったほうが近い。最近はやりのVRの機器よりも若干大きく、両脇のつるの付け根の部分には、大きめの冷却ファンが付いている。

 茂呂博士は、さっそく透視眼鏡を装着した。

 ひどく重く、身体が前へ傾いでいる。それでも、一歩一歩を踏みしめて玄関まで歩いた。

 透視眼鏡の重さは、優に一〇キロはある。頭が首にめり込むのではないかと思えるほどには重たい。齢五〇歳の壮年である。青年ですらない。だが、少年……いや、思春期の心には、羽が生えたように軽く感じるのだ。

 茂呂博士は、玄関から一歩を踏み出し、それから、ゆっくりと右手で電源のスイッチを押した。ブンッという電子音と共に、ファンが回りはじめる。

 正直、耳元で排気音が鳴り続けるので、周囲の音はほとんど聞こえない。だが、代わりに薄暗かった視界が、ぼんやりと明るくなり始める。

 電源が入らなければ、ただの濃いサングラスと変わらないのだ。いや、重たいだけ邪魔だ。

 明るくなった視界の端に、近所に住む老人が、犬を散歩する姿が映った。犬はもふもふのまま、老人の衣服が消えて肌色が見える。長い思春期中の茂呂博士には、目を背けたくなるような姿だが、実験の結果としては申し分ない。


「やった!やったぞ!」


 歓喜の声を上げる茂呂博士だったが、問題がないわけではなかった。

 ちょうど、男性以外はいないかと、首を左に向けた時、全身を毛皮のコートでくるまれた、若い女性を見つけた。頭に血の昇った茂呂博士は、思わずそのまま見入ってしまったが、少し様子がおかしい。

 腰掛けたような格好の女性は、少しだけ宙に浮いて、そのまま滑るようにこちらへ向かってくるのだ。しかも、なかなかの速さだ。

 落ち着いて考えれば当たり前だった。

 動物に反射した光以外は見えないということは、もちろん、地面も見えなければ建物もなにも見えない。生物以外は(死んでいたとしても)見えないのだから、足元も周囲もなにもない。

 すべての生物が浮かんで見えるのだ。自身も浮かんでいるように感じている。

 茂呂博士がそのことに気が付いた時は、すでに手遅れだった。

 全身を()()()()()()()()()()衝撃が巡る。なにもない空間で身体がふわりと浮かび、見えないなにかに、背中から打ちつけられた。

 多分、アスファルトかコンクリートの壁だったのだろう。

 弾みで機械は砕け散り、世界に色が付く。

 機械が止まり、車が急停止する音が聞こえる。


「大丈夫ですか!?」


 車から飛び降りて、茂呂博士の前にかがみ込む女性。

 目的は達した。

 やっぱり、この壮年は最低だ。


 お付き合いいただき、ありがとうございました。

 とりあえずは、これで最後となります。


 今後は、もう少し機会を見つけて、長短問わず投稿したいと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ