鬼畜難易度の乙女ゲームの世界に転生したのに、何で溺愛されてるのっ!?
アップデート後初投稿!
「なんだよつよし、ビビってんのか?」
ガタガタガタガタガタガタガタガタ
転生溺愛物です。
よろしければお楽しみください。
「サイア」
「あ、ジャグアル兄様……!」
食堂を先に出たはずのジャグアルが、廊下の窓から差し込む朝の光に包まれて、美の神の彫刻のような風格をまとって立っていた。
整えられた銀髪が眩しい……!
「昨日はよく眠れたか?」
「は、はい、お布団ふかふかでした!」
「それは良かった」
「!」
ジャグアルの大きな手が私の頭に乗せられる!
細まる瞳。
微かに上がる口角。
こんな穏やかな顔、転生前には見た事なかった!
嬉しい!
けど、ちょっと……!
「朝食も口に合ったようだな」
「は、はい! お、美味しかったです」
「何よりだ。何か食べたいものがあれば料理人に……、いや、俺に言え。どんなものでも用意させてやる」
「あ、ありがとうございます……!」
「礼など言うな。俺はお前の兄だ。兄が妹を笑顔にする為に力を尽くすのは当然だからな」
「は、はい……」
「では学園に行ってくる。また夕食の時に会おう」
「はい……」
颯爽と立ち去るジャグアルの背中を、私は小さな胸の痛みと共に見送る。
兄と妹、か……。
「サイア」
「は、はい! ティーガ兄様!」
ジャグアルが去るのを待っていたのだろう。
長い銀髪をたなびかせ、柱から姿を現したティーガ。
堂々としたジャグアルとは対照的に、女性と言われたら信じそうな程、上品で繊細な動き。
顔の動きに合わせてきらりと光る眼鏡が最高!
あぁ、神話を描いた絵画のよう……!
「はぁ……」
!?
ティーガが深々と溜息をついた!
わ、私何かしちゃったかな!?
「全く……。そんなに畏まらなくて良いと言ったでしょう。一時的に平民の元にいたとはいえ、サイアは我らシエーティ公爵家の一員なのですから」
「は、はい、すみません……」
眼鏡の奥の鋭い視線に、私は思わず身をすくめる。
その肩にティーガの手が乗った。
「……私こそすみません。責めるつもりはないのです。ただ家族だからもっと気兼ねなく過ごしてほしいと思っているだけで……」
「あ……。ありがとうございます……」
「……難しいものですね。ですが、いつかはここを本当の家だと思ってほしいと願っていますよ」
「はい……! ティーガ兄様……!」
私の精一杯の笑顔に、ティーガの頬が少し緩む。
「……そう、その笑顔です。可能ならば毎日それでいてください」
「はい!」
ティーガは静かに立ち去っていった。
……本当の家族なら、きっと思いっ切り甘えられるのだろうけど……。
「サーイア!」
「きゃあっ!? れ、レオパード兄様!?」
いきなり後ろから抱きすくめられ、思わず悲鳴が!
しかしレオパードは気にした様子もなく、私の肩に頭を乗せる!
短くクセの強い銀髪が頬か耳をくすぐる!
触れる頬と頬の感触で、満面の笑みが伝わる!
顔を擦り寄せる子猫みたいな甘え方は、イケメンがすると破壊力が……!
「まったく、ジャグアルもティーガもまどろっこしいよねー。サイアと仲良くしたいなら、こうやってくっつけばいいのにー」
「あ、あう……。れ、レオパード兄様……」
「昔みたいにレオ兄って呼んでくれたら良いのにー」
「そ、それは、その……」
「あー。あの事故の前の僕達の記憶がないんだったっけ。でもー、こうやって昔みたいに過ごしていたらー、すぐ思い出すよねー、きっと」
「で、でも、その……」
三つ子であるジャグアル、ティーガ、レオパードは十七歳。
私は今十五歳。
兄妹だとしても、この歳でこの距離感はちょっと……!
「サイアの悲鳴が聞こえたぞ。何があった」
「レオパード! 君の仕業ですか! 手を離しなさい! サイアが怯えているではありませんか!」
「えー? 怯えてなんかいないよねーサイアー?」
「え、えっと……」
戸惑っていると、ジャグアルがレオパードの手を解いた。
ってえっ!?
な、何で抱き締めるの!?
「お前は何でも考えなしに行動しすぎだ。見ろサイアを。こんなに鼓動も早く、息も乱れている。やはりまだ屋敷に不慣れなせいだろう。側にいて守らねば」
え、いや、その、鼓動が早かったり息が乱れたりしてるのは、ジャグアルに抱き締められているのもあるんですけど!?
わっ!?
今度はティーガ!?
「まったく。サイアが昔の記憶も失い、心細いのは当然ですが、だからと言ってそんな力任せでは怖がらせるばかり。もっと丁寧に、繊細に扱わなければ……」
う、うん……。
確かにティーガが、抱き締める強さも頭の撫で方も一番優しい……。
でもやっぱりこの距離感は……!
「何をしている」
「!」
うろたえる私の後ろから威厳に満ちた声!
三人の父親、リオン・シエーティ公爵!
私を離したティーガ、そしてジャグアルとレオパードが跪く。
「……サイアを保護しておりました」
「十年ぶりの我が家、慣れない事も多いと思いまして」
「父上ー。今日は学園休んでサイアと一緒にいてもいいでしょー?」
しかしリオン公爵の声は厳しい。
「ならん。シエーティ公爵家は王家に繋がる血筋。国の模範となるべき者達が、学びを得る場を蔑ろにするとは何事だ」
「……はい」
「父上の仰る通りです……」
「ちぇー、わかりましたー」
「不満があるようだな。私の意図がわからないか」
う、うわ……。
私に向けられていないはずなのにすごい威圧感……!
何をそんなに怒っているの!?
「サイアが入学するまで、半年と少ししかない。その間にお前達は統治を完成させねばならない。サイアに誰一人害を為さないよう徹底的にな」
え。
「承りました父上」
「そうとわかれば一日も無駄にはできませんね」
「サイアー、楽しみにしててねー。サイアを学園のお姫様にしてあげるから」
何でそうなるの!?
そもそも私は本当は……!
ってうわっ!?
抱き上げられた!?
「サイアは私が部屋に連れて行く」
「父上」
「……それが家長のなさる行いですか……」
「父上ずるーい」
「黙れ。お前達は義務を果たせ」
ひ、ひええ……!
王族に連なるリオン公爵のお姫様抱っこで、私は昨日与えられたばかりの部屋へ戻されたのだった……。
……おかしい。
ここは鬼畜難易度の同人乙女ゲーム『お前を決して愛しはしない』の世界のはず……。
主人公ミーズは両親に似ない銀髪を疎まれ、修道院に預けられた平民の少女。
しかし敬虔な祈りを続けた事で、神様から治癒と浄化の力を授かる。
その力を認められ、貴族だけが通えるフィライン学園に入学。
そこで出会う三人の公爵家子息を攻略する物語。
しかし!
この三人がえげつない程の冷たい態度!
長男ジャグアルは、
「俺の視界に入るな。目障りだ」
と近付くことすら許されない。
次男ティーガは、
「何故こんな事もできないのですか? やはり平民という存在が貴族と共に学ぶ事自体無意味なのです」
と何かにつけていびり倒してくる。
三男レオパードは、
「君嫌ーい。どっか行っててよー」
と無邪気に拒絶をする。
しかも会話の選択肢の正解はランダムで変更され、繰り返したからといってランクSエンドに辿り着けるかは運次第。
製作者ですら、ランクSエンドに行けるのは百回に一回あるかないか、と言う程の難易度。
でも三人のビジュアルが良すぎるのよね……!
俺様系長男ジャグアルは、力強く均整の取れた顔立ちと身体という正統派。
知性溢れる次男ティーガは、線が細く女性と見紛うような繊細な美しさ。
無邪気な三男レオパードは、明るく素直で本音を隠さない可愛い系。
だから誰に罵倒されても、それが良いってなっちゃう……!
だから十三連勤直後の休み、十二時間ぶっ続けでプレイして、ついにランクCエンドに到達した私は、疲労した身体で極度に興奮したせいで、あえなく昇天。
そしてこの世界に転生した。
でも私はミーズだったはず!
修道院で目を覚まし、全てを理解した私は、学園に呼ばれるべく周りの人を癒して回った。
そうしたら昨日、
「その髪色! 浄化の力! あなたこそパンゼラ様の忘れ形見!」
とシエーティ公爵家に連れて来られたのだった。
そうしたらサイアと呼ばれてこの大歓迎……。
何がどうなってるの……!?
「……失礼致します。今、よろしいでしょうか?」
ノックの音と共に聞こえて来たのは、私をここに連れて来た執事風の人の声!
これはチャンス!
何とか事情を聞かないと!
「どうぞ」
「失礼致します……」
入って来たその人の顔は、涙に濡れていた。
え、何? どういう事?
「……本当に、ありがとうございましたぁ……!」
「え、な、何がですか?」
「貴女が来てくださり、公爵様から娘と認めてくださったお陰で、私と私の家族の命が助かりましたぁ……!」
「え、え?」
さっぱりわからない。
とにかく落ち着かせながら話を聞いたところ、リオン公爵は十年前に馬車の事故にあい、最愛の妻パンゼラと五歳になる娘サイアが崖下の急流に呑まれたそうだ。
それからリオン公爵とその息子達は、公爵家の力全てを費やして二人を探したらしい。
しかし手がかりすら見つからず、どんどん思い詰めていく公爵達。
このまま見つからなければ一族郎党殺されかねないと思っていた矢先、銀髪で浄化の力を持つ私に辿り着いた。
シエーティ公爵家は代々銀髪の家系。
公爵夫人パンゼラは浄化の力を持っていた。
その娘サイアも銀髪で、私と同じ年頃だった。
そこで私をサイアとして公爵家に連れて来た、という事らしい。
「どうか今後もサイア様としてお過ごしください! 事故で記憶を失っている事にしましたから、きっとうまくいくはずです!」
「わ、わかりました」
必死の懇願を受け入れながら、私はゲームで三人が主人公ミーズに対して冷たかった理由を理解した。
失った妹と同じ髪。
失った母と同じ力。
それがもう戻らない家族への思いを刺激して、あんな態度になっていたのだろう。
……あれ?
これもし騙していた事がバレたら……!?
い、いや、今の状況なら疑われてないから大丈夫、だよね……?
でもどこかでまだ発見されていない本物のサイアが見つかったら……!?
落水は生存フラグだし……!
やばいやばいやばい!
冷たくされるのも罵られるのも拒絶されるのもご褒美だけど、流石に殺されるのまで喜べるレベルにはない!
と、とにかくサイアであるうちに好感度を上げよう!
万が一バレても命だけは助かるように……!
「いよいよ明日からサイアも学園の一員だな」
「安心してくださいサイア。私達が教師も含めて完全に掌握しましたから」
「サイアは楽しく通うだけで良いからねー」
「ありがとう、ジャグ兄、ティガ兄、レオ兄」
「〜〜〜っ」
「じゃ、ジャグアル……。ど、どうしたのですか……? か、顔を手で覆ったりして……」
「そ、そういうティーガだって、か、顔真っ赤じゃないかー……。あは、あはは……」
よ、よーし。
名前を可愛く呼ぶだけでこの反応。
半年間可愛い妹を演じ続けていた甲斐があった。
何かと身の回りの世話をして、紅茶を淹れたりお菓子を作ったり、一緒に散歩をしたり本を読んでもらったりした。
庇護欲を誘う為に、前世では素手で追い払っていた虫を過剰に怖がって見せたり、たまに怖い夢を見たと添い寝をせがんだりもした。
……若干やり過ぎた感もあるけど、まぁこれで即死刑はないはず。
大丈夫、だよね?
……念のため確認を……。
「ねぇお兄様方」
「何だ」
「何かな?」
「何でも聞いてー」
「もしもの話ですけれど、私が本当の妹ではなかったとしたらどうなさいますか?」
「サイアが、妹でない……?」
「な、何を馬鹿な……!」
「……何でそんな事聞くの……?」
あ、やばい。
お願い!
できれば追放程度で!
「いえ、その、例え話で……」
「もしそうなら……」
ジャグアルの目が光る!
「専用の邸宅を作り、そこだけで一生何不自由なく生活できるようにしてやるかな。サイアの好きな花だけで彩った庭園を用意して、毎日散歩を楽しもう」
良かった!
殺されない!
「私なら……」
ティーガが眼鏡を押し上げる!
「専属の侍女として、毎日私に紅茶を淹れさせる仕事に就いてもらいますかね。いつどこでもどんな時でもサイアの紅茶が飲めるように、ね」
良かった!
食いっぱぐれなし!
「僕ならー、猫みたいに可愛がるかなー。サイアのお世話はぜーんぶ僕がしてー、毎日たーっぷり可愛がってー、サイアの作るお菓子を食べて暮らすんだー」
良かった!
それはそれで楽しそう!
ってそんなわけあるかー!
ぜ、全員私を監禁する気満々じゃない!
こ、好感度上げ過ぎた……!
「……私が妹でもそうでなくても大事にしてくださると知って嬉しいです。ありがとうお兄様方っ」
「っ……!」
「さ、サイア……」
「可愛すぎるー……!」
絶対妹じゃないとバレないようにしないと!
悶える三人を見ながら、私は半年前より固く心に誓うのだった……!
読了ありがとうございます。
恒例のお名前紹介。
サイア、ミーズ……シャム猫の別名サイアミーズから。
長男ジャグアル……ジャガー(jaguar)から。
次男ティーガ……虎(tiger)から。
三男レオパード……豹(leopard)から。
父親リオン……ライオン(lion)から。
シエーティ公爵家……猫(CAT)から。
母親パンゼラ……ヒョウ族(panthera)から。
フィライン学園……猫科(feline)から。
獰猛な猫科の檻に入った子猫の運命やいかに。
続きは君の脳内で作り上げてみてくれ!
ちなみにリオン公爵に同じ質問をした場合。
「もしそうなら三人の誰かと結婚しろ。そうすれば変わらずお前は私の娘だ。何なら全員とでも一向に構わん」
平和的解決ぅ……(震え声)。
お楽しみいただけましたら幸いです。