小豆の隠し事 ~私たちの流星刀 前日譚 その2~
某和菓子店の娘、虎野 小豆は黒髪が似合う美少女だ。
彼女には大親友 藤原 刀美がいる。
二人とも同い年だが傍から見ると、姉妹にも見えなくもない。
言うまでもなく小豆が姉で、刀美が妹だろうと勘違いされる事だってある。
小豆はお姉さん的存在を維持するために、刀美よりも大人びた行動をとらなくてはなれない。
しかし、そんな彼女にも刀美には言えない趣味がある。それは着ぐるみやコスプレだ。
特に着ぐるみだと虎のパジャマを愛用している。
何故、虎なのかというと彼女の苗字は虎なので幼少期から動物園に行って以降、この動物が好きになってようだ。
「トラさん、見た目は怖い感じがするけど赤ちゃんは可愛いね」
「ああ、父さんの家系もこの苗字だから誇りに思うよ」
「でも十二支では何で漢字が違いの?」
「いい質問だ。虎は動物のトラで寅は方角や時刻や暦を表す記号なんだよ」
「うーん、何だかよくわかんない」
幼少の頃の小豆は何でも疑問に思う子だった。
部屋にはトラのイメージカラーで黄色が多くこの動物の縫いぐるみも幾つかある。
それとは別にメイド服もクローゼット内にある。
しかし、数年前に着ていたものであるため、今の彼女には小さくて着れない。
刀美の体型ならピッタリのサイズだ。
(どんなメイド服かは本篇の中盤辺りの挿絵を参照)
「いつか、あの子にも着せてみたいなという気持ちは有るけど私の趣味を知ったらどう思うだろう? でも姉的な立場としては子供っぽいと思われたくないから言い出しにくいな…」
小豆にとって隠し事はこの偏った趣味の事である。
「そうだ、小瀬さんなら気楽に相談できるかも」
当時、小豆は小瀬鶴子の事を未だ他人行儀で苗字で読んでいた。
性格的にも対照的で余り話す機会や縁もなかったのだが男勝りで他人の陰口を言う人では無かったので
女の子同士の秘密を守ってくれるという良い所もあるからだ。
唯一の欠点は気が短い所かな。
「あの、小瀬さん。相談が有るんだけど…」
「うん、何だい?虎野」
「えっと、もう私たち高校生だから、着ぐるみが趣味って変だよね? なんか小学生みたいだし」
「そっかなぁ、俺は別に気にしちゃいないけどな」
「えっ?、自分の事、俺って言うの? 女の子なのに一人称が男の子みたいよ」
「そうだな、鵜飼の手伝いって、オッサンたちばかりが集まって活動してたから、いつの間にか自分の事、そう呼ぶようになっちまったんだよ」
「でも、貴方はあくまで女の子なんだから、私って言う癖をつけた方が良いよ」
「善処するよ。あと 俺…じゃなくて、わ、私の事は鶴子と呼んでくれ。その方が親しみが有っていいから。 それとお前のことは小豆って呼ぶから」
鶴子は今まで同級生から欠点を言われたことがなく、物足りなさを感じていた。
皆、敬遠していたのであろう。
初めて問題を指摘されて新鮮さを感じ、それが嬉しいというか照れくささも感じた。
「分かった、宜しくね、鶴子!」
「お、おう、小豆!」
お互い名前で呼び合うようになったのはこの相談の声掛けがキッカケである。
そして、何日か経って小豆が店の手伝いをしている時、母に呼びだされた。
「小豆、店の外で変な格好をした女の子が呼んでいるよ」
「えっ? いったい誰だろう…」
駆けつけてみるとそれは鶴子だった。しかも鵜匠の格好をしていた。
「よっ、小豆、元気か!」
「ちょっと鶴子、店の前でそんな服装で来ないでよ! 見ている方が恥ずかしいわよ!」
「俺、じゃなくて私は格好なんて気にしなくて良いと言いたいんだよ。鵜匠の服装と比較すれば着ぐるみなんてどうって事ないんだよ。だから刀美にも打ち明ければ良いんだよ」
「…ああ、そういう事ね。鶴子の言いたい事、少しは分かってきた。励ましてくれてありがとう。でも直ぐに帰ってね、店の前では迷惑だから」
「おう、すまん、じゃあな」
言うまでもないが鶴子は親に小豆のお店まで車に乗せてもらってこの格好で来たそうだ。
当然ながらこの格好で街を歩いて来たわけではない。
後日、刀美に着ぐるみを見せたら大受けした。
「わあ、小豆ちゃん、可愛い! 写真撮らせて、ね、ね、ね!?」
小豆は刀美の圧力に負けて疲れてしまった。
そして、刀美が帰った後、小豆の父が休憩中で太平洋戦争の古い映画を観ており、白い軍服を着た人が「トラ!、トラ!、トラ!」と叫んでいた。
「ねえ、お父さん、何であのおじさんは虎を3回も言ったの?」
「ああ、あれは第二次大戦中の日本軍が真珠湾攻撃の奇襲に成功したことを意味しているんだ。動物の虎は特に関係ないよ」
「へえ、そうなんだ」
世の中には理解できないことがあることを彼女は改めて思い知った。
おしまい