バリー、フェーデを知る
バリーが山賊を求めて領内を彷徨き回ると、その頃にはその怪しげな巨漢が伯爵家の婿らしいという噂が飛び交う。
バリーの顔を見た者は、これまでの上品な伯爵一族との違いにそれを一笑に付すが、この髭面の巨漢は領内を好き放題に動き回り、山賊を狩り尽くすと次には伯爵の緩い統治をいいことに農民から貪っていた名主や賄賂を受け取っていた役人を締め上げ、その家財を没収していく。
今日は広場に近隣の代官を3名集めていた。
「なんの御用ですか?
私は忙しいのでさっさと解放してもらいたい」
いきなり家を強襲されてここまで拉致された代官達は不満そうに文句をいう。
これまで執事に賄賂を渡して不正を見逃してもらっていて、伯爵家の婿などなんの権限もあるまいと高を括っている。
「代官バーナード、リンゼー、ベルン貴様達から規定の納税が伯爵家に行われていない。
申し開きはあるか」
バリーは彼らを睨めつけながら尋問する。
「はっ、おかしなことを。
今年は凶作ゆえ免税すると執事殿からお許しを頂いている。
何もご存知なければ口を出さないでもらいたい」
バーナードはそう言い放つと、横の二人も頷く。
「このバカが!オレを舐めるな!
お前達が農民から徴税していることはわかっている!
つまり懐に入れたということだな」
バリーは大喝し、片手でバーナードの首を絞め上げると高々と上に吊るす。
「や、止めて…」
苦しそうに言葉を吐くバーナードにバリーは告げる。
「判決、収めるべき税を私物化した罪は重い。
死罪とし、その財産は没収する。
異議はあるか?
ないようだな。
では刑を執行する」
首を絞められて何も言えないバーナードに勝手に判決を下し、ポキリとその首を折る。
「はあはあ…」
鶏の首でも締めるかのように代官を殺すバリーの振る舞いを見ていた残る二人は腰を抜かし、しかも尻の下は失禁したのか濡れている。
「「お許しを!」」
土下座する二人の頭を踏みつけ、バリーは言う。
「すぐに有り金をすべて持って来い。
そしてリーリアに自首しろ。
さもなければこいつと同じ目にあわせる」
二人は真っ青な顔となって飛んで帰った。
三度もこんなことをするのは面倒だというバリーの気まぐれだけで命拾いした二人はすぐに言われたとおりにする。
その有り様は近隣に鳴り響き、私財を肥やしていた者は伯爵とリーリアの元に走っていく。
うかうかしているとバリーが来て、財産は愚か命を奪われかねない。
「伯爵様、あの髭の婿殿をなんとかしてください!」
次々と領内の代官や名主が駆け込んでくる。
「そうは言ってもなあ。リーリア、どうしよう」
伯爵は困った顔で娘を見る。
「旦那様に処罰された者は冤罪ですか?」
リーリアが冷静に問うと、役人は言葉に詰まった。
バリーに付いているグスタフは一応裏を取っていて、有罪の証拠を持っていた。
彼はリーリアと連絡して、処罰すべき者をリストアップしていた。
「有罪ならば仕方ありませんね。
その者は罷免して、代わりの者を職につけましょう」
そう言い渡すリーリアは結婚式の夜を思い出していた。
寝室にふたりきりとなると、リーリアは蒼い顔をしながらバリーに告げた。
「もう推察されていると思いますが、私は処女ではありません。
私を抱く前にそのことを承知ください。
もしそれに承知できなければ、結婚を白紙に戻すか、私を抱かずに部屋を出て白い結婚としてもらっても構いません」
殴られるかもと思いながらも、これだけは言わなければとリーリアは固い決意でその言葉を吐き出した。
花嫁は処女でなければならないというのが血筋を重んじる貴族や騎士の通念。
しかし、バリーの返答は予想外なものだった。
「なにを青ざめてるかと思えば、そんなことか。
だからオレが婿に選ばれたのだろう。
今後、他の男に肌を許さずに、オレの子供を産んでくれればいい」
そして笑いながら付け加える。
「オレもさんざん遊んだからな。お互い様だ。オレも今後は娼婦は買わない。
お互いにこれからが大事だ。
オグリは気性が荒くて乗りにくいと馬肉になるところを、オレが貰い受けて訓練し、今では愛馬としてどこでも乗っている。
リーリアもそうなってくれ」
妻と馬を同じに扱うこの発言を聞けば、大抵の貴族子女は馬鹿にするなと怒るだろう。
しかし、リーリアには愛馬と同じくらい大切にするという気持ちのように聞こえた。
このバリーという男の価値観では、馬が最も高いもののようだ。
(おかしな人)
王太子に囚われ、貴族社会しか知らないリーリアには未知の生き物だが、もともと知的能力は高く好奇心旺盛な彼女はそれを面白いと受け取った。
「わかりましたわ、旦那様。
では誠の夫婦になりましょう」
リーリアの返事を聞くと、バリーはニヤリとして彼女をお姫様抱っこしてベットに運んだ。
その晩、彼女は何度貫かれたのか覚えていない。
(処女じゃなくて良かったわ)
頬を紅くするリーリアを家臣は不思議そうに見ていた。
リーリアは一人娘として伯爵領を継ぐべく領内の勉強を重ねており、バリーの行いは荒れ果てた領内の掃除にちょうどいいとすら考えていた。
(そんなことを言えばあの人はどこまでやるかわからないから言わないけれど)
バリーを劇薬と使って、リーリアは女伯爵として領地の改善に務めるつもりである。
その頃、バリーは一生懸命に金勘定をしていた。
この男、粗暴に見えて意外と算盤勘定ができる。
楽しい戦をするためには苦労は厭わないし、戦には金が必要だ。
「足らんな。全然足らん。
これでは立派な兵に育てて軍を組織し、大きな戦さに出て暴れまわるというオレの野望が果たせないじゃないか」
バリーは頭を抱える。
領民から強奪するというのは民と接する機会が多かったこの男の脳裏にはない。
「グスタフ、いい案はないか」
「うーん」
唸る二人のところに部下が来る。
「こんなものが届けられました」
見ると決闘状である。
中には、お前の領民が自分の所有の山に立ち入り薪を盗んだので決闘を申し込む、決闘を避けるのであれば領内を強奪するか、さもなければ金を払えとある。
「これは強盗騎士のフェーデだな」
グスタフが中を読む。
以前は代官が弱腰で武力もなかったため、伯爵領は強盗騎士のカモだったようだ。
「これはこれは。喧嘩をして金も稼げる。
鴨がネギを背負って来たというやつだな。
こういうのを天職というのか。
すぐに攻めよう」
バリーは喜んで50名の兵を連れて決闘状を出した騎士の館を襲撃する。
そして兵に館を攻めさせて後ろで監督する。
「バリー、自分で乗り込まないのか?」
グスタフのセリフに顔を顰めながら、我慢だと述べる。
順調に奇襲は成功していたが、やがて当主らしい男が現れ、バリーの兵を斬りまくると形勢は逆転した。
「あれはオレの獲物だな」
バリーは嬉しげにオグリの腹を蹴ると、強盗騎士目掛けて疾走する。
「手合わせ願うぞ!」
バリーのランスはその男の胸を突き破り、男は二つに引き裂かれた。
「あれ?もう終わりか」
残念そうなバリーをよそに、グスタフはその館から家財を持ち出すように兵に指示する。
「こいつはなかなか溜め込んでいたぞ。
バリー、これからは強盗騎士の上前を跳ねに行くか。
コイツラにお得意のフェーデをしてやろう。
お前の喧嘩にもなり、兵も鍛えられ、金も儲かる。
おまけに世間体もいい。
一石四鳥だ」
グスタフはその金蔵を見てえびす顔で話しかける。
二人は顔を見合わせ大笑いした。