伯爵一家との顔合わせ
バリーはその夜、伯爵一家と会食する。
伯爵家は伯爵、夫人、リーリアの3人。
バリーはリーリアを見て、美人とは思うが、それだけである。
バリーにとって大事なことは、自らや部下を鍛えて強くなり、戦で勝つことである。あとのことはそのためにある。
彼にとって妻は馬と同じ位置づけだ。
どちらも彼にとって欠くことができない重要なもの。
馬はバリーの言う事を聞いて元気に走ってくれるように、丈夫でタフであることが一番。それに見た目も良ければなおいいが、それは副次的なものである。
実際、彼の愛馬オグリはずんぐりむっくりの身体つきに太い脚でとても美しい馬とは言えないが、パリーにとっては巨体を乗せて疾走してくれるかけがえのない馬であり、どんな美馬にも代え難い。
妻も同じで、娶るのであれば、健康で子供を産み、美味しいご飯を用意し、家政をしっかりと見てくれてバリーを後方支援してくれることが大事だ。
それならば醜女でも一向に構わない。
バリーには美人であることは二の次である。
バリーはそういう目でリーリアを観察しながら、伯爵家の晩餐を牛飲馬食する。
その挙げ句、足らないと賄いまで食べ尽くし、更に料理長を呼んで来させて文句を言う。
「美味かったが、これでは俺には足りないぞ。
今日は初めてだから目を瞑るが、今後はこの3倍は作ってくれ。
勿論味も落とさずな」
料理人はその言葉を聞いて目を丸くするが、テーブルを見るとバリーの前の皿はピカピカであった。料理人にとって残さずに美味そうに食べてくれるのが一番の褒美。
バリーの言葉に、次回よりそのようにいたしますと恭しく答える。
食後には酒を飲みながら伯爵一家と歓談する。
伯爵達は縁談の話があってからバリーの噂を集めたが、本当とは思えない話が多く、興味津々に尋ねる。
バリーは聞かれるがままに答えるが、力を見せてという夫人のリクエストに、リンゴを潰してジュースにしたり、ポケットから硬貨を数枚出して指で握りつぶしてみせる。
そんな実演と、バリーがいつも女給を笑わせている面白おかしい戦場談は伯爵家に大受けした。
「夜も更けたので、そろそろお開きにするか」
伯爵の言葉で皆立ち上がった時、バリーはツカツカとリーリアに近づき、その尻を撫でて言った。
「もう少し大きい方が子供を生む時に安産になるぞ」
そして何でもないように部屋を立ち去る。
その振る舞いにしばらく硬直していた伯爵達だったが、夫人は激怒した。
「あの男の振る舞いは何?
ここは場末の飲み屋じゃないのよ!
あなた、いくらなんでも初代王から続く名門の我が家にあんな無作法極まる男は相応しくないわ。
リーリアが可哀想よ」
目を三角にして怒る母と狼狽える父をリーリアは宥める。
「普通の貴族の結婚じゃないのでしょう。
私の婿はこれくらいの人でないと務まらないわ」
そして間を置いて独り言のように付け加える。
「もう処女でもないのだし、これくらいで騒ぐ価値はないわ」
それを聞いた両親、特に娘を王妃にしようと王太子を不用心に近づけた夫人は何も言えなかった。
翌日の早朝、兵舎は大騒ぎだった。
「6時に集合だと!」
昨日非番で遊んで帰ってきた兵が叩き起こされる。
昨日倒れ伏した兵の大半は、この猛訓練に耐えられないと既に兵舎を去っていた。
残っている兵は食堂で大急ぎで飯を食う。
「おいおい、脳筋バリーがうちの姫さんの婿ってマジかよ!
バリーといえば騎士団の切り札というかジョーカーというか、怖い噂しか聞かないぜ。あんな奴がろくに戦場に行ったこともないうちに来るのか」
「そう言えば、前の戦では、抵抗する敵の司令官の前で敵兵の頭を握りつぶして見せて、降伏させたらしいぞ。
時間に間に合わないとおれらの頭も危ない!」
「そんな野蛮なことはしとらん。
兜を握りつぶしたら、司令官はすぐに判ってくれたぞ。
いい加減な噂を流したのは誰だ!」
「いやー、しかし脳筋バリーなら人の頭くらいやりそうだよな。
噂に信憑性が…」
兵の一人が言いかけたところで、会話している相手が違うことに気づき、振り向く。
そこにいたのは、食器を持った筋肉ダルマの巨漢である。
「ハッハッハ。
陰口もいいが、早くしないと時間がなくなるぞ。
しかしいいことを教えてもらった。
遅刻の罰則にはアイアンクローをするか」
バリーはそう言うと、食器を流し場に置き、教練場へ向う。
兵達は飯を流し込んですぐに立ち上がった。
早朝訓練は、集合した兵がすべて動けなくなったところで早々に終了した。
「全く物足らん!」
バリーは巨大な戦斧を二本振り回しながら嘆く。
「バリーに付き合える兵はめったにいないよ。
しかしここの兵はちょっと酷い。
改善しないといけないな」
彼の戦斧を受け流しながら答えるのは、グスタフ。
痩せ気味で中背の平凡な顔立ちだが、その身のこなしはめっぽう素早い。
彼はバリーの初陣のときに運悪く隣りにいて、「ちょっと付き合え」と立ち小便にいくような気軽さで抜け駆けに付き合わされて以来の仲である。
バリーが鉄槍や戦斧で周辺を破壊し、近づく敵をグスタフが剣で排除する。
この戦い方が効果的と分かると、2人がコンビを組み、最前線を切り開くことが定番となる。
彼は、誰も付き合いきれないバリーの戦闘についていくことができた為、騎士団長に目をつけられ、何をするかわからないバリーのお目付け役として副官のようなこともさせられていた。
否応なく何度となく死地に連れて行かれて身の不幸を嘆いていたグスタフにとって、バリーの養子行きは大厄から逃れる絶好のチャンスだったが、王太子への対応を気にする団長に伯爵家への出向を命じられ、気落ちしていたところだ。
張りのないグスタフを見て、バリーは言う。
「チッ、やる気がないな。街に飲みに行くか」
グスタフを連れて街に出たバリーはあちこち冷やかして歩く。
「バリー、これは旬だ。美味しいよ」
露店の婆さんに渡されたリンゴを一口で食べて、バリーは「美味いな」と言うと銀貨を渡し、幾つかのリンゴをつかむとグスタフにも食べろと手渡す。
これを食べとくれと売り込む売り子を捌きながら、バリーは歩く。
途中、薄着の目立つ若い女の子を見かける。
「欲求不満か?抱いてやろうか」
「アンタ、獣っぽいし、しつこそうで嫌」とやり取りをしているところに妙齢の女性が立ち塞がる。
「バリー、今日こそは返事を聞かせてよ!」
バリーの行きつけの店の看板娘、マリアである。
数名のチンピラに襲われて貞操の危機の時に、誰もが見て見ぬ振りをする中、バリーに救われて以来、嫁になってやると言ってきかない娘だ。
「済まんな。
婿に行くことになった。
俺よりいい男に嫁げ」
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バリーはマリアに金貨を数枚渡して、持参金にしろと言う。
金貨一枚で家族が一年は暮らせる。
マリアはその金貨を投げ捨てて、バリーに掴みかかる。
「誰が金をくれと言った!
アンタと一緒に暮らしたいと言っているのよ!」
「済まん!
親父の頼みは断れん。
許せ」
マリアは人目を引く美人とは言えないが、丸顔の可愛らしい顔立ちで気立も良いしっかりもの。料理も美味い。
生まれも没落騎士の娘で騎士の生き様も知っている。
バリーも彼女を気に入っていたが、結婚はまだ早いと言ってきた。
バリーの尻拭いに奔走するグスタフはマリアが嫁になって手綱をとってくれることを心から祈っていた。
それが名門伯爵家の婿で王太子の恋敵になるなど、その話を聞いてグスタフは夜逃げを考えた。
泣き崩れるマリアを抱き上げ、そのポケットに金貨を入れて、バリーは彼女の勤め先である『夜のフクロウ亭』に連れて行く。
「やれやれ。
拳の効かない女の涙には参るな」
ぼやくバリーの前に十人くらいの武装した男が現れる。
「バリー・マクベイだな。
さるお方の命により貴様を痛めつける。
当たりどころによって死ぬかもしれんが、グレー家との婚約を辞退するならば許してやろう」
その言葉を聞いたバリーの顔は喜びで綻び、グスタフは顔を顰める。
「気分晴らしをしたかったところに、飛んで火に入る夏の虫とはこのことか。
今日は神に感謝だな。
では行くぞ!」
バリーは先頭の男を掴み、そのまま後ろの男に投げつける。
「うわー!」
数人が倒れたことを見るまでもなく、バリーは前に進み、驚く男を殴りつけて倒し、その足を持つとグルグルと振り回して回りの男たちにぶち当てる。
その挙句に男を放り投げて、後ろのリーダーらしき男に迫った。
「止めろ!
わかった。もう手を引く!」
叫ぶ男に対して、バリーはニヤリと笑い、「相手に剣を向ければ勝つか死ぬかしか無い。勝つ気がないなら死ね」と言う。
そして兜の上から拳を振るい、脳震盪で倒れた男の胸を何度も踏み抜いて息の根を止める。
それを見た手下が逃げ惑う中、追おうとするバリーをグスタフは止める。
「もう気分転換はいいだろう。
あんな雑魚は置いておけ。
次は王太子の側近の近衛兵が来るだろうから、楽しみにしていろ。
それより伯爵家の中が心配だ。
まだ公表していない婚約が早々に漏れているとは、王太子への内通者がいるぞ。
気をつけろ」
グスタフの言葉にバリーは言い放つ。
「ぐふふ。
次は近衛兵か。
騎士団を目の敵にする奴らを殺せるとは楽しみ楽しみ。
内通者の件は、お前か調べておいてくれ」
「なんでオレが・・」
グスタフは頭を抱えた。
「まあそう言うな。
今日は奢りだ。伯爵家の軍の強化を検討しよう。
でもフクロウ亭は行きずらいな。
金のニワトリ亭に行こう。
あそこのシチューは絶品だ。
伯爵家の料理人にも作らせねばな」
バリーはブツブツ言うグスタフを引き摺るように連れて行こうとするが、その前に騒ぎを聞きつけて走ってきた衛兵に捕まる。
尤も、結局は彼らと相手をするのはグスタフとなるのだが。
(騎士団にいた時の方がマシだったか・・)
グスタフは早くも手が出そうになるバリーを止めて、衛兵に対応しながらため息をついた。