黒いマスコットは怪しく笑う
あれよあれよと採用が決まり、私は悪の女幹部としてデビューすることになった。
リモート面接をした時、変な黒いマスコットの怪しい口車に私は乗せられたのだ。
「あれはね、魔法を使える素質がある人しか読めない広告なんだよ。普通の人にはただの肉体労働系の求人にしか見えないようになってるの。
キミ可愛いし、物言いもハッキリしてるし、女幹部とかどうかな? もちろん身バレしないように変化の魔道具は渡すよ! ね、どう? 時給500円上がるから! お願い〜!」
変な黒いマスコットは高いテンションで捲し立てるように話した。見た目は可愛いけど、普通に成人男性の声がする。
「ね、ダメ? キミが適任なんだ、キミが欲しいナ……?」
ええ………………。
ドン引きである。
くりくりお目目をきゅるきゅると輝かせているが、声はどう聞いても成人男性。唖然としていると、「ね?」と小首を傾げて追い打ちを掛けられる。
ツッコミが追い付かないし、最早どう反応するのが正解かも分からない。
魔法が使える人間がいることは知っていたが、この世には一万人に一人いるかいないかのレベルでしか存在しないはずだ。魔法が使えるかどうかの検査にもお金が掛かるし、検査を受けてないと言っても私に素質があるなんて嘘としか思えない。
そもそも、体内に魔力がある訳ではないので、魔力が込められた石を使わないと魔法が使えないのだが、その石は超高級品。魔法が使える使えないの前に、苦学生の私には程遠い一品なのだ。
「百歩譲って魔法使いの素質は飲み込みますが、魔法を使うには石が必要ですよね。残念ながら苦学生の私には用意できませんので、辞退させていただきます」
「えっ備品として出すから大丈夫だよ〜! 必要物資は全部支給って求人にも書いてあったでしょ?」
カラカラと笑うマスコット(成人男性)が、カメラの向こうで求人冊子を尻尾でパタパタと叩いてアピールする。なんという器用さ。まるで本物の尻尾みたいだ。
「それに、時給2,500円も出すんだよ?」
「うっ……」
まあ、最初の時点での話、時給2,000円に釣られて電話をしてしまったのだ。時給がそれより上がるなら万々歳であった。
「苦学生ってことはお金に困ってるんだよね?」
段々とマスコットの顔がカメラに近づいてアップになっていく。心なしか威圧感も増しているように感じる。
「ね、やらない理由、ある?」
マスコットにしては異常なほど器用に口角が上がり、ギザギザの白い歯がチラチラと見えた。
細めた紫色の瞳がネオン色に怪しく光って、私の判断を鈍らせるようにチカチカと瞬く。
ダメだ、ダメだ、と脳内で警告音が鳴る。
「で、でも……」
「でも?」
「私、背が低いですし!」
「変化用魔道具の設定に高身長って追加しておくよ」
「急にテストとかで休んじゃうかも、ですし」
「直前でドタキャンオーケーだよ、どうせお客さんは魔法少女だからシフト制と言っても自由出勤みたいなもんさ」
ことごとく言い訳を流されて、私は逃げ場を失っていく。まるで蟻地獄にいるようだった。
ああ、私はきっと逃げられない。
マスコットはクツクツと喉を鳴らして、とてもとても優しい声で囁いた。
「大丈夫だよ、アットホームな職場だし」
聞いたことがある。
この世で一番信じられない求人広告の売り出し文句は「アットホームな職場です」という文言である。
脳内は相も変わらず警告音を鳴らし続けていた。