金! 金! 金!
「マリア! 貴様が大きな顔をできるのもこれまでだ!!」
「はあ、そうですか……?」
アマギウス王子殿下。この国で三番目の王子であり、現王妃唯一の実子。そして、マリア・ローデンハイム伯爵令嬢の婚約者である。
「既に聞き及んでいる事とは思うが、この度我が国は周辺国最大とも名高いマグダラ商会と契約関係となった。きゃつらは王家用足しの名を得て、我らは物品的な支援を受けるのだ。国内の経済は俄かににぎわい、近年の不況も瞬く間に解決してしまう事だろう!」
「なるほど? えっと……」
「鈍い奴だな! もう貴様の金銭支援など必要がないと言いたいのだ!!」
近年、国内は歴史的不況にあえいでいた。国民の不満は高まり、王家ですら節約に気を遣う始末である。
貴族は二つの派閥に分かれ、貴族の中に売国奴が紛れているなどという噂が流れる程だ。
そんな中、ローデンハイム伯爵領のみが良好な経済成長を続けていた。
どうしてもローデンハイム伯爵を王派閥に抱き込みたい現王は、第三王子であるアマギウスに伯爵家の次女、マリアとの関係を結ばせる。そしてこれにより、立場として王家は伯爵家に大きな優位を与える事になってしまったのだ。
それに大きな不満を持っていたアマギウスは、マリアにも悪印象を抱いていた。そして、此度の契約によって経済回復が見込めると、意気揚々とマリアに宣言しに来たのだ。
「大体貴様はムカつくのだ! いつもいつも小言ばかり言いよって、私を誰だと思っている! この国の王族に対して、もう少し敬意をもって接してみればどうだ!!」
「ふむ。でも殿下……」
「でも、ではない! ちゃんと言い訳をせずに聞くのだ! 貴様はたかだか一貴族で、私はこの国の王族なのだ! どちらが偉いかなど子供でも分かる事であろう! それを、やれ『言葉遣いが悪い』だの、やれ『行儀がなっていない』だの、細かい事で揚げ足を取りおってからに!!」
アマギウスの言葉はとどまる事を知らない。口を挟めば怒鳴りつけられるので、マリアは差し当たって収まるまで大人しく聞いているしかなかった。
そろそろ喉が渇いてきたと思っていたころに、ようやく息を切らせながら言葉が途切れる。
「はぁ……はぁ……」
「落ち着かれましたか?」
「き、貴様さてはほとんど聞いていなかったな!」
「ええ、まあ」
「生意気すぎる!!」
アマギウスは地団太を踏むが、流石に疲れてしまったためそれ以上の糾弾はなかった。
「それで、殿下。お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「……ふん、貴様の頼みなど聞く気にもならんが、わざわざ許可を取る殊勝な心がけに免じて許してやろう」
「ありがとうございます」
マリアは深く頭を下げる。
アマギウスは、ひどく気分が良くなった。ようやく、この無礼な娘も身の程を知ったかと。多少家が太く、見目がよいからといって、まさか王族より偉いわけがないのだ。生まれながらにしての主従関係というものが分かっていれば当然の態度ではあるものの、自らの熱心教育が実を結んだと思えばうれしくもなる。
なので、寛大な心で質問程度は許可したのだ。それが、上に立つ者としての余裕であると思ったから。
――だが。
「マグダラ商会は私の母の生家なのですが、そんな口を利いて大丈夫ですか?」
「……え?」
「商会がこの国に支援を申し出たのは、私が現会長の姪だからなのですが、それはご存知ですか?」
「……は?」
「商会としては王家の用足しなど二の次で、私が暮らす国を助けるつもりの契約なのですけれど、そんな態度では契約を打ち切られませんか?」
「…………」
王子の目が泳ぐ。
王子が汗をかく。
王子は唾を飲む。
「す、すみませんでしたぁあああああ!!!」
この一件は、瞬く間に国王の耳にも入る。無論、マグダラ商会にも。使用人の噂話は一晩で三つの国を跨ぐといわれるし、何よりマリアには隠す理由がないのだから。
王子は大変な雷を落とされ、婚約関係は白紙となる。しかし商会の怒りは収まらず、結局契約は破棄となった。
その後十一年かけて国力は徐々に低下。最終的には隣国に植民地支配されるほどになる。
国内で唯一隣国と良好な関係を築いていたローデンハイム伯爵領のみが、正式な国土として隣国へ編入という形をとる。
王国では売国奴であると非難されたが、所詮負け犬の遠吠えなので全く気にならなかった。