第20話 異世界転移者は襲われる馬車に会わないといけない法則でもあるのか
異世界生活三日目。一度寝たせいか、精神的ショックも抜けたようだ。といっても朝から肉ばかりは体が受け付けない日本人。早いとこ街に行かないと。
「さて、朝飯も食い終わったし、そろそろ出発しようか」
「うむ。そういたそう」
新さんは新しいワラジに履き替えながら答えた。もう替えはないそうだ。そりゃ、藁だからな、壊れやすくて当たり前だ。森と荒野で道なき道を踏破したからなおさらだろう。早く丈夫な靴を買ってやりたい。ん? 『錬金術』で作れないか、後で試してみよう。
では出発。
「新さん、少しでも金を稼ぐため、今日も狩りがしたい。ただ、一々立ち止まって解体しないで、血抜きしながら移動するだけにしよう」
「うむ、承知した。む? 早速見つけたでござる。ここは某が参る!」
提案したとたん、新さんが駆け出して行った。すげー。足音が聞こえなかった。アレだな、新さんも『隠蔽』持ってるし、忍者みたいだ。
ウサギの逃げ足もレベル40のサムライには通じないようで、あっという間に仕留められていた。
勿論峰打ちでござる。すぐに小刀で首を掻き切って足を持って逆さまにし、血抜きをしながら俺の到着を待っている。卒がない。
俺たちは、血を抜いている間に交代でウサギを狩ることにした。
俺ももう取り乱したりはしない。今度は風魔法で一気に首を落とす作戦を取った。ここ二日で大分魔力操作にも慣れたみたいで、コントロールに問題は見られなかった。すげーぜ、魔法。
お互いの戦果が5匹? 5羽? になったところで、ついに街道が見えた。
街道とはいっても、アスファルト舗装されているわけでもなく、荒野で見た地面とそれほど変わらない。
しかし、無数のワダチ? 車輪の跡が続いている。人の足跡も確認できた。この世界にやってきて初めての人の痕跡だ!
興奮しながらも新さんとこれからの方針を確認する。
「新さん、この街道、北に行っても南に行っても大きな町があるけど、北の方が若干近い。それから、小さい村とかはどこにあるかわからない。南の方が近い場合もある」
荒野を進む時森に沿って進めば北の街が断然近かったが、ゴブリン関係でかなり南にずれたようだ。計画を変更するなら今である。
「某も『指南役』殿の地図で確認いたした。この距離であればどちらも大した時間はかかるまい。某は北の街でいいと存ずる」
「そっか、じゃあ、そうしよう。引き続き近くに獲物がいたら狩るって方針で。じゃ、行こっか」
「了解した」
こうして、一応最初に計画したとおり北の街を目指すことになった。
現地時間で午前9時。
順調に進んでいる。狩りも気配察知スキルの範囲内限定にして時間のロスも少ない。一回ウサギじゃなくて狼みたいなヤツの群れに襲われたが、新さんが二匹斬って、俺がマジックハンドで何匹か顔面を殴ってやったら逃げていった。動物は臆病なほど長生きできるそうだ。フェンリルみたいなデカイ魔物でなくて良かったよ。
あ、新さんの愛刀に『鋭利(小)』を重ね掛けしてやったよ。(中)はもっと精神集中しないとダメみたいだった。街で落ち着いたらにしよう。
そんなことを考えながら歩いている時、ガラガラというこれまでにない人工的な音が聞こえてきた。そして気配察知スキルにも反応がある。
見えてきたのは、馬車。
ついに現地人に遭遇か! と興奮しそうになったが、よく見ると様子がおかしい。
「ケント殿、あの馬車、襲われているのではないか?」
な、なんだってーっ! いや、俺よりはるかに目のいい新さんが言うのなら、それが事実なのだろう。
心配なのはこのタイミングだ。異世界転移者は襲われる馬車に会わないといけない法則でもあるのか。神の介入が疑われる。
しかし、もし代表神たちが俺たちの現状をキッチリ把握しているとすれば、嬉々として爺さんを逮捕し、俺たちも天罰と称して酷い目に遭わせるだろう。魔王役か死ぬか選べ、とかな。
そういう兆候が見られないのであれば、これは普通の現地人でも遭遇しておかしくない程度のトラブルということでいいだろう。うん。普通、普通。
「新さん。あれは、この世界ではよくあることらしい。どうする? 目立つことになるのは勘弁してほしいけど、新さんの判断に任せる」
「弱き者が虐げられているのならば、助太刀いたすまで!」
即答だった。
主人公ポジションは新さんに任せよう。俺は賢者ポジでいいや。贅沢? それぐらいは楽しませてもらわないと割に合わん!
「OK。じゃあ、近づいて状況を確かめてみてから。念のためなるべく誰も殺さない方がいいと思うんだけど……」
「承知! では、先に参るっ!」
あ~あ、飛んで行っちゃった。飛行魔法とかじゃなくて、速いって意味で。
俺もマジックハンドを使った制圧なら協力できそうだし、急ごう!
馬車は既に停車している。
俺が到着した時には事件は解決していた。
あれ? 俺は別にのんびり歩いてたわけじゃないのに、新さん仕事が速いな。
「まだいたのか!」
馬車に近づこうとしたら剣を突きつけられた。知ってた。森で新さんにも斬られそうになったから学んだ。両手を挙げちゃダメだ。というか動いちゃダメだ。
「待て! その御仁は某の『仲間』でござる!」
「そ、そりゃすまねえ。よく見りゃ上等な服着てんな。野盗なわけねえな」
新さんのおかげで助かった。
とりあえず事情を聞こう。地面に何人も転がってるけど、正直誰が悪いのかわからん。俺に剣を突きつけた男も革の鎧? レザーアーマー? を着てて血だらけの無精髭のおっさんだし、暗がりで会ったら即逃げる。
「えーと。事情を聞かせてもらっていいか?」
「お? おう。アマンダさん! もう出てきていいぜ!」
おっさんは馬車に向かって声を掛けた。箱馬車というヤツの扉が開いて中から誰かが出てくる。
女性だった。
見るからに中世ヨーロッパのドレス、という感じの服を着たオバ……いや年上のヒトだった。
「アマンダさん、この二人のおかげで助かったぜ」
おっさんが俺にではなくアマンダという女性に簡単な事情を説明した。いや、俺は何もしていないんだが。
「まあ。それはありがとうございます。でも……」
「いえ。俺は何も……何かありましたか?」
「はい。私どもはドルノースの街で小さな商いをしているのですが、あ、これは失礼いたしました。アマンダと申します」
「いえいえ。ケントです。それで?」
「はい。主人に代わり、ドルノースの南にあるウスノースの街の取引先に赴く途中だったのですが、盗賊に襲われてしまい、何とかこの馬車だけ逃げ出すことができたのですが、他の馬車に乗っていた者たちが……」
「後は俺が説明する。俺は護衛を引き受けた冒険者、カマロだ。まずは礼をしなきゃならんとこだが、急いでドルノースに戻りてえ! 置いてきた連中も今なら間に合うかもしれねえんだ!」
事件は終わったわけじゃなさそうだ。現在進行形で盗賊との戦いが起こっているらしい。
俺は、倒れているがまだ死んでない盗賊たちを見張っている新さんを見た。
「野盗が跋扈しているのを見過ごすべきではなかろう」
俺は何も言わなかったが、新さんはそう答えた。
新さんがそのつもりなら俺に否はない。
「わかった。俺たちも付き合う。新さんと俺が先行するからアンタたちは後から来てくれ。あ、あの盗賊たちはどうする?」
「ありがてえ! 頼む! やつらの止めは俺がしておく。急いでくれ」
うわー。爺さんからもらった情報で一応知ってたけど、盗賊の命軽っ!
「わ、わかった。新さん、行こう!」
「承知!」
と言って新さんは駆け出した。
今度は俺もペースを上げる。何とか新さんの速度に付いて行く事ができた。レベル32、結構役に立つ。あ、あの人たちを鑑定するの忘れた。まあ、次に盗賊を見つけたら見てみよう。