小さい女の子が寝ていたら起こして上げるのが優しさ
見たい百合がなかったので書きました
反省はしていない
私は自分で言うのもなんだが、かなり変な奴だと思う。
他人からすればどうでもいいことに夢中になってしまうからだ。
例えば石の形とか。
どうやったらあんな風に削れて、どうやったらあんな風に割れるんだろって、テストも近いのにうだうだと考える。
そんな私からすれば、石ころなんかよりももっと謎に満ち溢れた宇宙は興味の塊でしかない。
宇宙人はいるのかな、とか。もしかしたらこうやって考えてる今も隕石が宇宙から落ちてきて、地球が滅亡するかもしれない、とか。
やっぱり私は変な奴だ。
でも取り繕うつもりもないから、もう手遅れだと思う。
「もう美佐、またボッーとして・・・ほら、次の授業体育でしょ?さっさと行くよ?」
机に突っ伏していたら、不意に手を捕まれる感覚とともに顔を上げられる。
そこには困った表情をした我が友───安治川 千夏がいた。
はっきりとした二重の下には、吸い込まれそうな茶色い瞳が私を写している。
比喩にしては長すぎるかもしれないけど、私の小指の先くらい長い睫毛が閉じたり開いたりしてるのは見てて面白い。
「また変なこと考えてるでしょ・・・はぁ、ほら行くよ!」
「あっ、そんなに引っ張ったら皺できゃうよ」
ぐいぐいと強引に袖を引っ張られ、ちょっと不機嫌そうな顔で私を睨む千夏。
彼女はいつもちょっぴり不機嫌そうだけど、今はもっと不機嫌そうだ。
体育なんてそんなに急いでやるものじゃないと思う、けどどうやら千夏はそうじゃないらしい。
諦めてそのまま更衣室へと向かう。
今日は外でハードル走みたいで、皆ちょっとやる気がない。
でもそれを言ったら私なんてもっとやる気がないと思う。
私は基本的に興味のあること以外はめんどくさがり屋なのだ。
「ハードル取ってくるから、春咖手伝ってよ」
「おうけー」
私が暑さにやられながら気怠げに返事をすると、千夏はやっぱり怒ったようにぎゅっと私の手を掴んで、そのまま私は体育倉庫に連れていかれた。
千夏の手は丁度良い冷たさで、私の沸騰しそうな体を優しくほぐしていく。
そういえば手が冷たい人ほど心が暖かいみたいな都市伝説あったけどあれって本当なのかな?
「よし、じゃあこれお願い」
はい、って言われて手渡されたのは、ハードルが幾つか入ったカート。
ここでサボったら怒られそうだから、大人しく言われてた通りにそのカートを転がす。
でもまだ足りないから、あと一往復しないといけない。なら私が運んであげようと、親切心が沸いた。
「じゃあ私が運ぶよ」
「・・・え、春咖が?」
心底驚いたように、只でさえ大きい目をもっと大きくする千夏。
さすがにちょっと失礼だと思う。
だから何も言わずにそのままハードルを取りに行くことにした。
「あっ、ちょっ、ごめんて・・・」
千夏は謝ろうとしてたけど知らない。
私だってたまにはやる気出すのに、千夏はいつだって私をナマケモノと思ってる。
まぁ普段やる気を出さない私も悪いかもしれないけど、千夏も私の意思を汲んで欲しいと思う。
だからちょっと意地悪をした。
「やっぱり、ちょっと多いかも」
もう一回体育倉庫に足を運べば、そこにはハードルの山が積み上げられていた。
早速格好つけたことを後悔してしまっている。
実際に持っていく量は少ないけど、それでもやっぱり辟易してしまう。
でもここで千夏に助けを求めるのも何かダサいし、意地でも運ぶつもりだ。
むん!とやる気を込めてハードルをカートに積み上げていく。
結果は───惨敗だった。
はぁはぁと肩で息をしながら、そういえば最近運動していなかったことを思い出す。
私の体力はこの程度なのか、と愕然とした。
「はぁ、ふぅ・・・ん?」
やっとの思いでカートを引っ張り出し、一息つく。
そうやって気を抜いていると───ガサッと、草を靴で踏み締める音がした。
ピクッと体が音に反応する。
誰かが手伝いに来てくれた・・・かもしれないけど、多分きっとそういうのじゃない。
もっと何か別のものだ。
折角必死の思いをしながら何とかカートを外に運び出したのに・・・私はこういうホラー系は苦手だ。
もし今この状況を助けてくれる人がいたなら、私はその人が男だろうと女だろうと関係なくキス出来る自信がある。
そのレベルで今の私の置かれている状況は、怖くて恐ろしい。
でもこのまま震えて縮こまっても始まらないから、やっぱり様子を見に行かなくちゃいけない。
「何もいませんよーに・・・」
薄い希望にすがって、恐る恐る音がした体育倉庫裏へと足を進める。
そして────私が見つけたのは。
「・・・なに、この娘?」
ふかふかの草の上で心地良さそうに寝ている、高一の私と三、四歳くらいしか変わらなさそうな白髪の女の子だった。
良かった、っていう安堵感と、なんだ、っていう落胆がない交ぜになって、私のなかで複雑に交差する。
まぁでも今は、お化けじゃなかったことを素直に喜ぼう。
どこから入ってきたんだろう、なんて疑問は後回しにしておいて、ひとまずはこの女の子を起こすことが最優先だろう。
でもそれでもやっぱり体は女の子っぽくて、少し肩を叩いたら折れちゃいそうなくらい細いから、おーいって声をかける。
でも起きることはなくて、ぐっすりだった。
よく寝れるな、って思う。
体育倉庫裏だから日当たりもよくないし、どっちかっていうとじめじめしているのに本当によく寝れてるなって少し思うけど、私も寝転がったら寝れちゃいそうだから人のことは言えない。
「おーい、起きれるー?」
「・・・」
うーん、やっぱりだめ。
全然起きない。
でも放置するわけにはいかない。
「・・・ふーーっ」
声で起きないなら耳元で声を出して無理矢理にでも・・・って思ったけど、何処と無くこの顔を歪めたくなくて、代替案として耳に息を吹き掛けることにした。
「んっ!?」
ピクッと反応。
いけそうだって思って、そのまま息を吹き掛け続ける。
「───あ、起きた?」
すると、今まで閉じていた目蓋が開かれて、青色のコントラストを被せたような深くて綺麗な碧が覗く。
口は少しへにょっとしていて、加護欲を擽られるような感覚に陥る。
「・・・」
「・・・」
女の子は喋らないから、自分も喋らない。
そんな暫くの無言が続いて───漸く女の子がモゴモゴと口を動かす。
「───ママ?」
・・・ママ?
もしかして私に言っているのかな?
あれ、私いつの間に千夏との子供を授かったんだっけ。
男子と絡みもとくにないし、なんなら絡みがあるのは千夏くらいだから、ママって言われたらパパは千夏になるんだけど。
「ママって・・・誰のこと?」
「んー、ママはママだよ?」
そういって私を指差してママ、と呼ぶ女の子。
なるほど、私がママなのか。
じゃあ千夏はこのこと認知してるのかな?
私と千夏の間に娘が出来たよって私が言って、真っ赤になってどゆこと!?って狼狽える千夏が思い浮かんだ。
だめだ、千夏じゃ多分認知してくれない。
「ママ、もしかして私のこと覚えてない?」
「ううん、そんなわけないよ」
不安そうな顔で私を見つめる女の子に、安心させるために柔らかい白の髪の毛を撫でながらそう言う。
するとみるみるうちに女の子は笑顔になった。
「ほら、おいで?」
出来るだけ不安にさせないように手を広げて、女の子を抱き締める。
「ほら、ぎゅー」
「ぎゅーっ」
シャンパンローズの香りが鼻腔に広がって、私の脳をズブズブに溶かそうとしてくる。
勢いよく抱き締めたいけど、本当に折れちゃいそうだからやめた。
「えへへ、ねぇママ!動かないでね!」
笑顔のまま更に体を密着させるように抱きつく女の子。
私も断る理由がなく、されるがままにされていたら───ちゅ、と耳に唇が触れている感覚がして、一瞬ピクリと体が硬直する。
そしてそのまま耳朶が唇に挟まれ、擽ったさとも快感とも言える感覚が耳を刺激する。
まるで女の子の舌と私の耳が溶け合って、一つになったみたいで、背中がぞわぞわして快感を訴えてくる。
「ん・・・ふ・・・」
まずい、私って耳弱いのかもしれない。
声を抑えるのに必死で周りの様子を見れないけど、何故か今も耳を舐めている女の子の顔はよく見えた。
どうしよう。
無理矢理肩を押してやめさせてもいい。
でもどうしてか───女の子がこのままどうするのか興味が湧いた。
だから我慢する。
耳を侵食する、暖かくてヌメヌメしてる舌が快感の蓋を抉じ開けるように、脳にピリピリと刺激が送り込まれていく感覚があった。
それでも我慢する。
───我慢して、我慢して、我慢して、我慢する。
そして───快感がやんだ。
どうしたんだろうって、女の子の肩に押し付けていた顔を上げると、女の子は恍惚とした顔を浮かべていた。
そして今度は、ニッコリと私を見て微笑みながら額にキスをしてくれていた。
───次の瞬間、まるで最初から居なかったように女の子は消えてしまった。