踏まれた靴
二喬に呼んできてもらうまで大人しく待っていたが声をかけられることはない。
碧は行き交う人たちを眺めていた。
人は大勢いるのに目で視線とさっきの人を探していた。
また会えないかと期待していた。
つま先が痛くて靴を脱いだ。
靴は踏まれたときに汚れたのか土がついていて手で土を払う。
スカートも裾が踏まれたようで汚れていた。
指で軽く髪の毛を梳かすと途中で絡まってる。
「いたっ!」
髪に挿されていた簪の飾りが揺れる。
靴を脱ぐとジンジンと足が痺れていた。
靴下はでかくて部屋の履くルームソックスのようだ。
待っているとすぐに馬車が一台近づいてきた。
馬車の御者のとなりに二喬が座っていた。
碧は立ち上がって手を置きく振る。
「二喬!」
「お嬢様一人で待てたんですね。無事でよかったです」
玉珊は碧のボロボロの姿を見て叫んだ。
「ぎゃぁ! 碧どうしたの? 二喬に言われて仕立てられた服も買ったけど一度着替えるよりすぐに屋敷に行きましょう」
玉珊と二喬に馬車の中に押し込まれながら振り返るとさっきまでいた場所に探している鳳と呼ばれた人とすごくよく似た人を見つけた。
「ちょっと待って!」
碧が降りようとするが二喬に出入口を防がれる。
「お嬢様帰りますよ。百里様たちの帰宅と重なったら大変ですよ」
何が大変か分からないが めんどくさいことになるのは碧でも理解できた。
玉珊以上に質問攻めにあうのだろう。
「靴を拾わないと」
「靴ですか?」
スカートを持ち上げて靴がないことを見せた。
靴をぬいだままで置きっぱなしにしていた。
「取ってきます」
二喬が靴を拾いに行き馬車に戻ってきたときには鳳のような人の姿は消えていた。
また会いたいという気持ちが強くて幻覚で見間違えたのだろうか。
二喬が戻ってくると馬車は走り出した。
「お嬢様の靴が汚れてますね」
玉珊に聞かれないよう二喬の口を手で塞いだ。
「しっ!」
帰り道を御車に伝えていて幸いにも玉珊には聞えていないようだ。
「帰ってから言うから返して。見張っててね」
二喬が頷いて手を放すと碧は靴を履きなおした。
都の屋敷に到着したようで馬車が止まる。
何事もなかったように澄ました顔をして馬車をおりた。
「ついたわ。先に湯浴みをして着替えて。それからご飯を運んでもらうわ。疲れているだろうからゆくっり部屋で休んで。慣れている二喬が手伝いをして」
「分かりました」
「お帰りなさいませ。玉珊様、碧様」
綺麗な侍女が出迎えにきた。
「連驍は私の侍女よ。久しぶりだから覚えてないでしょう。連驍がすべて手配してくれているから何かあれば伝えて」
「碧様こちらです」
屋敷をゆっくりと見て回る暇もなく風呂を用意され入れられた。
二喬に湯浴みをするのに着ていた衣を渡した。
髪飾りも二喬にとってもらい解く。
「靴も洗いますね。服は玉珊様が用意されたものを置いておきます」
「踏まれたの。服も汚れてしまったわ。怒られたりする?」
「お嬢様申し訳ありません。お嬢様が怒られることはありません。罰は私が受けます。お嬢様私を罰してください」
「何を言っているの? こんなことで罰だなんて二喬は悪くないでしょう。二喬も怪我はない?」
「はい。私が前で見たいと言わなければお嬢様が怪我することはなかったはずです。申し訳ございません」
「押し合いなんて不可抗力よ。予想なんてできないし、二喬が無事で楽しければいいの。二喬は楽しかった?」
「楽しかったです。初めて見たので感動しました」
二喬の目がキラキラとしていた。
碧の顔もほころぶ。
年が離れた妹か姪っ子を連れてきたような気になって碧もうれしかった。
「それにしても助けていただいた方はすごくかっこよかったです」
「うん」
「手を差し伸べてくれるのはお優しい殿方でした。お名前も教えていただきましたし六野殿にまた会えたらうれしいですけど御曹司のような高貴なお方のようでした」
「目を惹くのは鳳殿だと思うんだけど」
「あの吊り上げた方ですか? そうは思えません。か弱い女子の扱いとは思えませんでした。吊り上げられたのは初めてです。後ろで碧様が支えてくれないと地面に打ち付けられてました」
「鳳殿と六野殿の姿を探しに明日もいきましょう。お礼は必ず返さないとね」
「市街ですね。分かりましたお供します」
湯浴みのときに碧はやっと自分の姿をみた。
水面に映った顔は玉珊が悲鳴を上げるはずだし待っている間も目を逸らされていたのはわかった。
自分でも声はかけない。
「こんなんで顔を合わせてたなんて信じられない。記憶を上書きさせないと。一瞬だったし覚えていないはず」
碧は湯舟の中に飛び込んだ。
足は踏まれて蹴られたところがあざになっていた。
よく湯の中で揉み解すが二喬を守った勲章のようにも思えて誇らしくなる。
鳳のことを思い出していた。
碧は三日間続けて出会った同じ場所に通っても鳳の姿は見つけられなかった。