冊封式での演出
「本当にバレないでくださいね。祝宴にはお供できますが心配です」
二喬が心配そうに碧の髪を結う。
「分かってるってば。あの厚底靴は用意した?」
「はい。足を捻らないでください。服もお似合いです」
「どっからみても若様ね。さすがお兄様たちの服は大きいけど質がいい」
「失礼いたします。水鏡から迎えが着ましたよ」
「結い終わりました。馬車が来たようです。お嬢様行きましょう」
二喬は結った碧の髪に翡翠の簪を挿した。
台の上には箱から煌びやかな簪や首飾りに耳飾りは取られず置かれたままだ。
「違うわ。これからは若様よ」
碧は兄の服を拝借し男装をして屋敷を出た。
鳳の晴れの姿を目に焼き付けるべく斗羅の助けを借りて潜入した。
鳳は太子に冊封されるのにあたって他の4人の兄弟たちは王として封じられると宣言される。
詔を読み上げる修皇帝陛下は鳳とは雰囲気が真逆だった。
端正な顔つきで若いときには国宝級の美男子だったに違いない。
今でも40歳前後ぐらいに見えるイケオジは気品を纏い渋さと色気がにじみ出ている。
見とれてしまうがどことなく武人のような雰囲気をしている。
遠くからでも黒ヒョウのような衣装を着こなしている。
鳳との親子ショットは貴重だ。
滅多に見られないだろう。
袖の中に隠していた筒を取り出して覗いた。
万華鏡を改造した簡易的な片目双眼鏡だ。
隣には水鏡に通ううちに知り合った静修の同僚でもある飛悠がいた。
官吏である清修は式に参加するため碧にはついて居られず斗羅の手元でもあり式典の間面倒を見てもらうことになった。
鳳や兄たちにも黙って侵入している。
碧が式に着ていることを知っているのは水鏡の人たちと二喬だけだ。
飛悠も水鏡の者であるのが一目瞭然の端正な顔立ちだった。
清潔感がありおっとりに感じるのは話し方が落ち着いているからだろう。
「碧様それは何ですか?」
飛悠が碧が取り出したものを不思議そうに見て聞いた。
「望遠できる双眼鏡を作ってもらったの。星を読むためだけに使わないわよ。表情だって見たいし些細な仕草まで見逃せない。だってここだと肉眼じゃ確認できないぐらい遠いんだもん」
斗羅に無理を言いせっかく用意してもらったが水鏡の末席であり一般席と変わらない。
国師の控えの席で官吏たちは前を向いているから見られない死角になるような場所だった。
前の席は椅子が用意されている優先席であり幅もゆったりと取られている。
水鏡の人は他の部署よりも人が少ないのか周りには人が空いていた。
押されるようなことはないが前には行けない。
鳳は緊張しているのか笑みが消えて強張って硬い。
目がきつくなっている。
「仕方ありませんよ。近づけば碧様が侵入していることがバレます。バレれば追い出されますよ」
「それは嫌」
「では我慢してください。かなり斗羅様が無理を通したんですよ」
「でも鳳の近くで六野は控えているのにずるい。やっぱり関係者席って大っ嫌いだわ。うろうろしないで欲しい」
「関係者って六野殿は護衛ですよ。今は任務中です」
「私だって護衛ぐらいできるわよ。こんな式典で近づく奴はいくら何でもいないでしょう。六野殿はいつから鳳殿の護衛になったの?」
「鳳殿が太子になると決めたときに六野殿の昇進も決まったんです」
そのとき双眼鏡ごしに目が合った。
ぱっと外すと視線は遠くを見ている。
視線を追うが並んでいる官吏たちと門の狭間だ。
鳳は誰も見てはいない。
気づいてくれたような気がした。
勘違い、錯覚は厳禁だ。高まった心を鎮める。
たまたま偶然だろう。
相手には気づかれていない。変装して男の姿になっているし気づくはずがない。
もう一度見ると歩きながらガン見されている。
双眼鏡を覗き込み覆うと舌打ちされた気がして双眼鏡を外し肉眼で見ると視線を捕らえたような気がするとすぐに逸らされる。
「長兄の律は範礼王に封する」
「拝命いたします」
そして残り3人の兄弟たちも続けられる。
二兄である允は容寧王。
三兄は妟は安徳王。
五男の黙は義忠王となった。
最後に鳳が太子だと官吏たちに伝えられると思っていた通りにざわついた。
未だに鳳を知らない者もいるし聞こえてくるのは不満と誹謗だ。
「不満があるものがいるのなら出てこい。この場においては処罰はしない。たとえ殺してだ。この場限りだ。気が変わるまえにさっさと終わらせろ」
「陛下は何を言ってるの? 息子を殺せってどうかしてる!」
「前から陛下はあんな感じです。引きずらないためにも禍根は断ち切る」
「冗談でしょ? 鵜呑みにする人なんているの?」
驚いて碧は飛悠に尋ねるがあっさりと頷かれた。
「毎回数名は出てきますよ。混ざっていることもありますから」
いないとは思っていたのに舞台上に鳳を狙って走っていく官吏が数名向かっていく。
とっさに六野が鳳を後ろに押し込んだ。
「よかった。飛悠殿お願い」
「分かりました」
碧は前もって決めていた合図を飛悠に送ってもらう。
雷のような太鼓の合図に上空から5色の羽が舞い落ちてきた。
走って行った男たちは六野に防がれる。
ピタッと立ち止また。
「彩鳳鳥だ。きっとそうに違いない」
「現れたんだ」
5色の彩鳳鳥は鳳凰のことを示すらしい。
斗羅に教えてもらったことにピンときた碧が仕組んだことだ。
「これはきっと天が定めたという証拠だ。陛下の英断が正しいとこの国の安泰を予言している」
陛下の隣で控えていた斗羅が大きな声で言った。
斜めに鳥の影が通る。
糸で吊るした鳥の姿を影絵のように照らし影を作り釣り糸を垂らして旋回させて燃やした。
「碧様が言ったとおり鳳凰が現れましたね。事前に聞いていましたが驚きました」
「演出よ。大事な晴れ舞台で勝負するのに応援しないと」
鳳凰は実際は天灯だ。
職人に造ってもらった凧に碧が細工した。
天灯を凧に括りつけて糸を引けば燃えるようにした。
遠目に糸は目に入らず灰になればいいだけだ。
後でからくりが分かったとしても黙っていてもらうと斗羅が言った。
興奮したような飛悠が碧に聞いた。
「碧殿あの羽はどうしたんですか?」
「町で鳥を買い占めてもらったのよ。抜いた羽を染めてもらったの。宴では鳥料理を食べてね」