番号札
「東杏豆腐店に行きたいですが場所はどこですか?」
碧がいうと有圭が困ったように眉を寄せた。
「あそこか……。味はすごくいいけど行列がすごいんだよ。予約券は俺たちでも持ってないから並ぶしかないし途中で入れ替わることができないから代わりに並んであげられない」
「紹介でしか入れないお店とか?」
「大丈夫だ。あの店の紹介状というものは店主が常連と認めた者が名前を書いてもらえる。名前が書かれた相手だけが特別にいつでも持ち帰り専用だが食べられる。それは常連の証で今まででもらったことがあるのは数人だけで宮廷のだれも持っていない。どんな有名な名書の巻物も東杏の紹介状の前では捨てられるという逸話もあるんだ」
「ぜひとも手に入れたい紹介状ね。予約券よりも価値があるかな」
「予約券を手にするのも一苦労だ。場所は言わなくても行列で分かるが妓楼の近くだ」
有圭は言葉で説明するが百里は卓に座り筆をとるとすらすらと地図を書いてくれる。
都の店をよく知っているようで上端には『都 吉中』と書かれていた。
細かくマス目のように平面で書かれていて見やすい。
百里が碧に地図を見せ説明する。
「僕たちも滅多に行けないんだ。一緒にはいけないけど都の中央街を書いた。東杏はここだ」
筆をおいて文字には触れないように指を浮かして場所を指した。
場所は分かっても肝心の行き道は分からない。
「有名な店だから都よりも地方のほうが名前が知られてるということだね」
「お兄ちゃんたちと食べに行きたいのかい? 食べたいものがあれば厨房に遠慮せず頼めばいいよ。うちのはすごく腕がいいからなんでもつくれるから頼んでこようか?」
「家の味もいいけどどうしてもお店で食べたいの。詩会で食べたのが美味しくて」
「詩会で出てたの? しまった食べ損ねた」
「俺もだよ。食べてない」
二人とも本気で悔しそうだ。
トントンと戸を叩いて空茶と菓子を一緒に運んできた二喬が扉を開けて入ってきた。
茶を湯呑に入れるとピンク色をした桜の花びらが浮かんでいた。
「お話の途中にお邪魔しましたか?」
「いえ、いい香りだわ。二喬は地図が読める? お兄様たちに豆腐店の話をしていたの都に詳しいから場所を聞いていたの」
「お嬢様よかったですね」
「百里お兄様は地図まで描いてくれてお礼に持ち帰りも買いに行くわよ。っね二喬」
「はい? お嬢様が行く目的は――」
「二喬もお茶をどうそ」
二喬が茶を用意して持ってきたが目で合図を送る。
兄たちには鳳と六野への礼だということを伏せていた方がいい。
碧に百里が茶を飲みながら話す。
「家人に並ばせて代わりに買ってきてもらえばいい。配達はしていないが持ち帰りはあるよ」
「私の気持ちの問題です。私が直接並びますから一度目は馬車を貸してください」
有圭が良いよとあっさり許可してくれた。
お菓子を手に持ち碧の小皿に乗せてくれる。
「朝早くから並んでくれるなら馬車でもなんでも好きに使っていいよ。ちょうど父上も母上も屋敷にはいないから一度といわず毎日使っていい。馬も散歩は好きだろうから連れていくといいよ」
「ありがとう。使わせてもらいます」
「豆腐店は何時に並べますか?」
「開く時間ではなくて並ぶ時間かい? 詳しくは知らないけど昼に行くと売り切れてる」
「分かりました。早起きします」
翌日から碧は孤独な戦いを繰り返すことになった。
予約券も大変だができることなら紹介状を手に入れ鳳に渡したいと欲がでた。
一度目は朝食の時間の前に玄関の門前に出たが碧が予定していたよりも少し遅い。
二喬に化粧や着替えなどもろもろに手間取った。
お小遣いをもらい巾着のなかに入れてポシェットを斜めにかけた。
御車は李九といい青年が待っていた。。
馬車で移動する間に二喬に道を地図と照らし合わせて覚えてもらう。
馬車が店の前で止まった。
「碧お嬢様つきましたよ」
李九が馬を止めて足台を用意する。
二喬が馬車の扉を開けて内布であるカーテンをめくると木造の湯気が窓から出ている店の前にすでに行列ができていた。
店は豆腐店らしい白い提灯には東杏とメニューが交互に書かれている。
見上げると二階部分には簾がされているが入口には大きく看板が掲げられていている。
味に自信があるのだろう。
豆乳の香りがした。
東杏と書かれた腰エプロンを身につけた店員が最後尾に立ち客寄せと並んだ客に親指ほどの木の板でできた札の板を渡している。
「二喬も一緒にすぐに並ぶわよ」
「はい」
「帰りは都を見物しながら歩くから待ってなくても大丈夫。送ってくれてありがとう」
碧は李九に礼を言い列に走った。
「お嬢様転ばないでください」
「分かった!」
碧は二喬の手を引いて走り列に並んだ。
列はざっと見積もって50人ほどが列になり前に並んでいる。
「最後尾はこちらです。番号をどうぞ」
店員が二喬に札を渡し碧に見せた。
碧の読み通りに50番台の57番。
しかし裏面には一と書かれている。
「一って?」
「一巡目一階席と意味です。今日は早くて番号札を配ってます」
「予約券をもらおうと思ったら何番目ぐらい?」
「予約券ですか? ならもっと早く並ばないとないですね。札が配られるのは店を開けてから席がうまってからなので予約券はその席が埋まる前に来ないと」
まだいろいろ聞きたかったが話している間に列が増えていき店員が遠ざかっていく。
「もっと早くとは気合がいるわね。二喬通うわよ」
「お嬢様についていきます」
初日は持ち帰り分を注文して店内で豆腐の蜜かけを注文して食べた。
一階の机は仕切られていなく人が多くて流れていき数えられない。
ほとんどが一階席だった。
食べ終わるとすぐに客がいれかわるようで回転は速い。
碧は気合を入れなおした。