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思い出の豆腐の味

 鳳は立ち上がって碧の寝台の淵に座りなおすとぐっと顔が近づけられる。

 つるっとした肌はすべすべでゆで卵のよう。

 整えられた眉からすっと伸びだ鼻筋。

 鼻は高くて影がある。

 両手で覆えば隠れそうな小さな顔。

 争いごとなどとは無縁のような優しそうな目は軍営で長く過ごしたとは思えない。

 近衛兵の将軍職である六野はずっと目が鋭いままだ。

 怖くはないがじっと見ているだけでも睨んでいると勘違いされて誤解が生まれることが多い。

「祝宴は六野に任せてきたから時間はある。碧は安心して休んでくれ」

「優しいこともあるのね」

 碧がぼそっと言ったが鳳は理解できないようだ。

「六野は今も優しい。碧は昔から六野を怖がらずに親しくしてくれてありがとう。お互い仲がいいんだな」

「違う。あれとは仲がいいんじゃなくて目的が一致したときだけ同盟を結ぶだけよ。持ちつもたれずの関係よ。六野のあの脅し方を知らないから言えるんだけよ」

「六野は碧のほうが怖いと言っていた。同じことをお互いに言い合ってる」

 六野は鳳を守る護衛が役目なのは分かっているがどこに行くのもついてこられてはっきり言って邪魔だった。

 鳳だけを目に焼き付けているのに鳳のそばに六野が常にいた。

 お互いのせいで、周囲からも誤解されていた。

 否定するが信じてもらえないことの繰り返しだった。

 六野は鳳のそばを離れないからずっと邪魔でしかない。


 碧はじっと鳳の目をみると瞳のなかに吸い込まれそうになる。

 出会ったときと変わらない。

 覗き込まれた鳳の瞳に映る自分をみた。

 鳳が手が碧の顔に伸びてきたが顔にかかった前髪を耳の後ろに流した。

 鼻を指の関節で羽のように撫でられる。

「あまり怒るな。鼻血を出したんだ。碧はよく鼻血を流していたが久しぶりでびっくりした」

 鳳が背中をまるめると碧の目線の先にわざとなのか衿が開き胸筋の筋と鍛えられた腹筋がチラチラと入る。

 ごくっと唾を呑み込んでぐっと目を逸らした。

 ちらちらと何度も見ると変態だ。

 堂々と腹筋を思いっきり見るか知らないフリをするしかない。

 鍛えているひとはどうして重ね着をしてくれないのだろうか。

 ぴちぴちとした体のラインがよくわかる肌着をきるが外衣を纏っただけとかが多い。

 無自覚なのが鳳のいいところであるが筋肉を見せてくれる時には堂々と鑑賞し拍手を送れる。

 ファンサービスだと思って恥ずかしさも感じないのに恥ずかしさが勝つため理性を保ってきた。

「下を向くとまた鼻血が止まらずに出しちゃうから覗き込まないでね」

「分かった」

 碧は皇后の立場から気を抜くと見慣れたはずの顔なのに皇帝陛下になったときの顔はアイドルがステージで見せる顔にやられた。

 向けられた笑みが可愛いウサギのようでキュンとしたのだが可愛さと色気のギャップに鼻血を出した。

 年下の男という一面もあり大人の男でもあった。

 二面性を行ったり来たりしているが碧の目には尊く自分の立場を忘れてファンに一瞬でもどる。

 これでも皇后になってからは陛下の鳳の前では鳳のファンだということを感じさせないように気品とプライドを保っているつもりだった。

「豆腐の蜜がけを用意させた。これは宮中のものでなく都の名店の東杏とうあんさんのところのだが食べるか?」

「うん」

 初めての詩会で食べた時のを飽きずにずっと食べている。

「碧が誘ってくれた思い出の味だ。宮中の行事に官吏が呼びに行くと応じないのに碧の文を届けると来てくれる」

「だって毎日並んだから覚えられているのよ。予約をとるために並んだ記録保持者よ」


「3回目に会えた時だな」

「えっ?」

 碧の中では一度目は詩会であって都の町で出会ったときは一度目に数えていない。

 ゼロ回目だと思っている。

「私は碧と初めて出会ったときを今でも鮮明に覚えている。都に初めて戻った夜だった」

「そうだった?」

 机に二つ椀が準備されて置いてあった。

 碧に椀を取り東安の豆腐の蜜かけをすくう。

 食器も東安店の物だ。

 杏仁豆腐もあるのだが碧は豆腐の蜜かけしか注文しなかった。


 鳳が寝台から腰を浮かした。

「ここで食べるかい? 運んでくるよ」

 鳳が中腰になって碧に尋ねた。

「待って。立てるから机で食べる」

 碧は立ち上がるのに鳳の手を借りたが腕を掴まれた。

 上に吊りげられるのを悟りぐっと腕に力を入れて下に引っ張るが力に負けて吊られる。

 倒れたら顔面を強打するととっさに寝台の横に置いてある飾り机を掴んだ。

「吊り上げても背が今更のびるわけないでしょ。背が低いから私の勝ちって意味?」

「そんなつもりじゃいよ。思い出してほしくて再現したんだ。思い出した?」

「その手を放して」

「誘いがきたときすごくうれしかった。なのに出会いをなかったことにしようとするからだ」

「じゃあその時の話を食べながらしてあげる。忍耐と体力、根性がないと予約券はもらえないの」

「分かった。話してくれるなら許してあげる」

 地面に足がついた。

 掴まれた腕も解放され碧は椅子に座ると向かい合って鳳が座った。

 鳳は碧の椀に自分の豆腐を半分移した。

「教えてあげるからしっかりと聞きなさい。すごく大変だったんだから。出会ってすぐのころ私も都に来たばかりだし異世界の文化も知らない女の子だったのにお礼をするためだけに並んだ日々よ」


 碧は東安豆腐店に並んだ日々を思い出し鳳に話すのは初めてだ。

 ずっとなんでもないふりをしていたし聞かれたことはなかったから言ってなかったみたいだ。

 一口食べると変わらない味でその時を思い出す。


 

 店の場所もしらない碧が都に詳しい身近で聞ける人と言えば二人の兄しか浮かばなかった。

 都に構えられた屋敷は豪邸でお嬢様の扱いだった。

 家事はすべて雇人の使用人たちがしていた。

 家のなかに人が多いのは落ち着かないがすぐに慣れるだろう。


 碧は兄たちを呼び部屋に招いた。

 なんだかうれしそうな兄たちは機嫌がよく見える。

「百里兄さん、有圭兄さんお願いがあります」

「どうしたんだ? 何が欲しい物でもあるなら言ってごらん」



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