口裂け女の行動基準
バリケードの隙間からは次々と「障害物」が路地に入り込んでくる。
未だ這ったままの女の前に立ち、次々と頭を落とす。
「あ、ありがとうございます!」
這いながら彼女の後ろに下がる女の声を無視し、機械的に頭を落とす。
感謝の言葉に意味はない。
この「障害物」達を排除したら次にこの凶器が向く対象は女なのだから。
1体、2体、3体、4体、5体。
それ以上は数えられない。
まだまだバリケードの隙間から「障害物」は入り込んでくる。
路地の逆側からも押し寄せてきていた。
キリがない。
今のうちに女を殺すべきだろうか?
いや、それは出来ない。
工程を無視することは出来ない。
では、頃合いを見てマスクを外し女に問いかけを。
「きゃあ!」
背後から女の悲鳴。
振り向くと女は倒れており、その首に「障害物」が噛みついていた。
足が無い「障害物」が彼女の鋏の隙間を縫う形で女の傍に忍び寄っていたのだ。
そいつの首を落とし、女のに声を掛ける。
「ねえ」
女は酷く苦しそうな顔をしていたが、まだ生きていて彼女の顔を見た。
工程再開。
彼女はマスクに手をかけ。
「わたし」
醜く裂かれた傷痕を見せ。
「きれい?」
女に問いかけをした。
本来であればこの時点で女を殺しても問題は無かった。
問いかけをしたのだから女がどんな言葉を返そうと意味はない。
死ぬ前に殺してしまうのが本来の彼女の性質だった。
だが。
「あ……んぅ……」
女は何かを言いたそうにしている。
その様子があまりにも弱弱しくて。
「わた……し……の」
彼女が少しでも動いてしまえば、その鋏が口を引き裂く前に。
「……たしの……かわ……」
死んでしまいそうで。
「……わたしののかわいい」
そんな理由で彼女は。
「むすめを」
「たすけ」
「て」
「あげ」
「て」
彼女は結局。
女の言葉を最後まで聞いてしまった。
その言葉を最後に女は生きていなくなった。
「殺す前に死んでしまった」
「殺す前に殺されてしまった」
行動基準から外れたこの二つの状況か彼女をこの場に留まらせた。
前回は保留したが二度目はそういう訳には行かない。
何らかの回答を得なければならない。
そうしなければきっと。
きっと自分は。
ここで疑問がある。
女は何故こんな裏路地に居たのか。
バリケードまで作ってここにいたのか。
他に逃げる先はあっただろうに。
まあ結論から言うと女には路地を離れられない理由があった。
路地に来た全ての「障害物」の頭を落とした彼女が近くで見つけた壊れた車椅子がその理由だ。
足が悪かったのだろう。
連れて逃げるのは難しかったのだろう。
他にも何か理由があるのかもしれない。
女が死んだ今となっては判らない。
裏路地の廃棄ラックの中に潜んでいたのを見つけ出した彼女はこう問いかけをした。
「ねえ」
「わたし」
「きれい?」
歩く事のできないその幼女はこう答えた。
「眼が見えないのでわかりません」
この段階で彼女の行動基準は破壊された。