あおい
この物語は、フィクションです。認知症を患っていらっしゃる当人の方、ご親族の方や、ご知り合いの方で、気を悪くされた場合は申し訳ありません。閲覧をやめてもらって構いません。この物語は、なかまぁる Short Film Contest ショートストーリー部門「SOMPO認知症エッセイコンテスト」に応募した作品です。残念ながら入選することはできませんでしたが、自分自身にとって、初めて物語というものを作った作品なので、思い入れが強く、ぜひ読んでいただきたいと思い、投稿させていただきました。手直しはしましたが、ほぼ当時のままです。読みにくい部分なんかもありますが、読んでいただけたらなと思います。
俺はたった今、認知症と宣告された。正直、ショックだ。というより、実感がない。言葉を失った。まだ32歳。葵とは結婚して6年が経ったが、つい最近唯衣は幼稚園の入園が決まったばかりだ。妻を支え、家族を養っていかなければいけない身である俺が認知症だなんて。何かの間違いではないか、信じることが出来なかった。
遡ること3か月。俺は通勤電車の中で、網棚から落ちてきた荷物で頭を強打し、一瞬目の前が真っ白になり、気づいた時には病院のベッドに横たわっていた。荷物の持ち主と思われる人物と、妻の葵、そして医師の方が俺の横にいて、声をかけていたらしい。打撲で済んだものの、念のために脳の精密検査を行ったそうだ。検査の結果、脳内出血を起こしているらしく、放っておくと運動麻痺や記憶障害が起こる可能性があると言われた。
しかし、あれから特に何も気にかけず日常を過ごしていたが、医師が言う通り、ぼんやりする時間が増え、活動中でも眠りがちになっていた。頭痛の日が増え、何かがおかしいと感じ始めた時にはもう症状は悪化していた。異常を感じた俺は、もう一度病院に行き、精密検査を行った。正式には慢性硬膜下血腫というものだ。認知症の一種で、手術などで治る可能性はあるらしい。打撲しただけだろう。そんな軽い気持ちで何気なく過ごしてきたが、現実はあまりにも残酷で、隣に座って話を一緒に聞いてくれている葵も言葉を失い、ただ涙を流していた。
病院からの帰り道、車内は静まり返っていて、聞こえるのは車のエンジン音とタイヤが道路に擦れる音だけ。何を話していいかわからなかったが、沈黙を切り裂いたのは葵だった。
「明日、仕事は休んでゆっくりしていいからね。これからのこと、考えないとね。」
「すまない、迷惑かけて。」
その後も沈黙は続き、結局、家に着くまでの会話はたったこれだけだった。葵が何を考えていたのかはわからないが、俺も、どうしていいかわからなかった。
通勤電車での一件で、同僚たちは心配してくれていたが、彼らにはずっと噓をついていて、平静を装っていた。しかしボロは出るもんだ。ここ3か月間、同じミスをしてばっかりで、上司にも、部下にも迷惑をかけてばかりだ。次第に信頼が無くなっていくのも感じていた時だった。部長から呼び出されたのだ。
「ここのところらしくないじゃないか。君がよく頑張ってくれる人だってことはわかっている。しかしこのままミスし続けてもらっても困る。何か原因があるのではないだろうか。」
「はい。申し訳ないです。実は、、、」
俺は、意を決して認知症のことを話した。普段、会社では感情を出さず、ひたむきに仕事に向き合う俺が、泣きながら長々と話したことについて、部長は驚きつつも冷静に俺の処遇を考えたそうだ。
1週間後、再び部長から呼び出された。
「正直、驚いたよ。君が認知症で、それを隠しながら働き続けていたなんてね。でも君の人生は仕事がすべてではないはずだ。家族と、何より自分の身を大事にしてほしい。君にはこの会社を辞職してもらう。もちろん、君の頑張りには脱帽しているが、これは部長命令だ。」
そうして俺は、無職となった。心なしか、正直ほっとしている自分がいる。周りに迷惑をかけながら仕事を続けていた俺は、いつかは指摘されることだと思っていたし、クビも覚悟はしていた。もう同僚に迷惑をかけなくていいんだ、と思うと毎日家族のために働いている。唯衣と葵のためにお弁当を作り、唯衣の幼稚園の送り迎え、洗濯、掃除、料理などの一通りの家事をやり、二人がいない昼間には病院に通い、リハビリをする毎日だ。結婚当初、葵は仕事をしながら家事をやってくれてたんだな。俺は葵の苦労も知らず、“家族のため”と仕事をしてきたつもりだったが、何もわかっていなかった。あれは“家族のため”ではなかったのだ。今ならわかる。葵に楽させてやりたい。きっと葵もそんな気持ちで一生懸命だったんだろうな。
ある日、唯衣を幼稚園に迎えに行った帰り道、仕事終わりの葵とばったり会った。久々に三人で散歩をしながら家に帰った。
「ねえ、あの雲、あなたみたいだね。」
「雲?どこが俺だよ。」
「ほら、今あなたは仕事を辞めて主夫になったわけじゃん、なーんか、形がないなぁって。」
「形がないってなんだよ。ほら、ここにいるじゃん?」
「よかった、笑ってくれて。認知症のことは、ひとりで抱え込むことじゃないと思うの。私だって、家族のために仕事頑張るし、今まであなたが私たちのために頑張ってくれた分、これからは私が、頑張る番だね。もっと頼っていいんだよ。弱さとか、そうゆうのも見せ合ってこそ、夫婦なんじゃないかな。」
俺は葵を強く抱きしめた。葵にはかなわない。“家族のために”という想いは、葵も一緒だ。俺一人つらいわけじゃない。葵と、そして唯衣のためにも、認知症という病気に向き合いながらも、頑張って生きていこうと、心に決めた。川沿いの舗道で、夕日に照らされている葵は笑顔で泣いていた。
現在、65歳以上の6人に1人は認知症有病者と言われている。若年性の場合になると人口10万人当たり約50.9人だそうだ。認知症は、一人では乗り越えられる病気ではないということが分かった。会社にはもちろん、家族にも迷惑をかけているが、迷惑をかけることは悪いことじゃないと思っている。支えてくれるすべての人に感謝の気持ちをもって、これからも認知症と向き合い続ける。もちろん、家族とともに乗り越えるつもりだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。いかがだったでしょうか。まだまだ未熟者で、読みにくい部分も多かったかもしれません。良かったらコメントください。




