穂村さんと僕は多分両想いだと思うけど、確かめる勇気はない
「はい宮田くん、今日の分のお弁当」
「わあ、いつも本当にありがとね、穂村さん」
「いえいえ、どういたしまして」
昼休みの人気のない校舎裏にあるベンチ。
そこで僕は今日も穂村さんから手作りのお弁当を受け取った。
どれどれ、今日のおかずは何かな、と。
「……おお!」
お弁当箱の蓋を開けるとそこには、だし巻き卵にハンバーグにひじきの煮物。
更に焼売に鶏肉としめじの炊き込みご飯という、豪華なラインナップがひしめき合っていた。
「いつもながら凄いね! これ全部穂村さんの手作りなの!?」
「えへへー、頑張りました」
穂村さんははにかみながらピースサインを向けてくる。
か、可愛い……!
「じゃ、じゃあ、早速いただきまーす」
「どうぞ召し上がれ」
僕はフワッフワのだし巻き卵を箸で摘まみ、それを一口で食べた。
――すると。
「……美味いッ!!!」
「ホント? よかったー」
「いやこれマジで美味いよッ!! お寿司屋さんで出せるレベルだよ!」
「あはは、それは言い過ぎだよ。――でも宮田くんはいつも本当に美味しそうに食べてくれるから、嬉しいな」
「穂村さん……」
穂村さんは猫を彷彿とさせる可愛らしい顔をへにゃっとほころばせながら、頬をほんのりと赤く染めた。
――これは断言してもいいが、穂村さんみたいな可愛い女の子から毎日美味しい手作り弁当を食べさせてもらったら、どんな男でも穂村さんのことを好きになってしまうことだろう。
……もちろん僕も例外ではない。
――そして多分だけど、穂村さんも僕のことが好きなんじゃないかと思う。
じゃなきゃ普通、こんなに毎日僕にだけ優しくしてくれないよね?
……とはいえ、僕の勘違いだという可能性も捨てきれない以上、それを確かめる勇気は僕にはないのだけど。
「あっ、そうだ。宮田くん昨日更新された『転貝』の最新話はもう読んだ?」
「ああ、読んだ読んだ! 今回も爆笑したよ! まさかただのネタアイテムだと思われてた『やたら色気のある土偶』が伏線だったとはね!」
「ホントいつも想像の斜め上をいくよねー」
転貝というのは『小説家になりまっしょい』という小説投稿サイトで連載されている、『転生したら貝塚遺跡だった件』という小説の略で、アニメ化もされている大ヒット作だ。
僕は前から転貝のファンだったのだが、偶然穂村さんも転貝ファンだということを知り、それ以来同じ転貝ファンとしてこうして仲良くなったという訳だ。
そんな訳で僕は転貝にはいろんな意味で感謝している。
「そういえばさ、今週末から転貝の劇場版アニメ公開されるんだよね?」
「うん、映画でやる『ハニワリベンジャー』編は原作でも屈指の人気エピソードだからね。興行収入100億は堅いと思うよ」
「そうなんだー。いいなー、私も観に行きたいなー。……でも、一人で観に行くのもなー」
「え?」
途端、穂村さんは口元をすぼめながら僕の方をチラッと見てきた。
「あ、あー、じゃあ、よかったら一緒に観に行く?」
――!!!
な、何言ってんだ僕はッ!?!?
こんなの、まるでデートに誘ってるみたいじゃないかッ!!!
「えっ! いいの!? やったー! 楽しみだなー。あ、今更ナシってのはナシだからねッ!」
「――!」
穂村さんはニシシと笑いながら、僕の鼻先に人差し指をピッと向けてきた。
お、おおふ……。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくお願いされます!」
ど、どうしよう……。
これは大変なことになったぞ……。
――そして迎えた週末。
「お待たせ宮田くん! ゴメンね結構待った?」
「い、いや、僕も今来たとこだよ」
もちろん嘘です。
一時間以上前から来てました。
何せ昨日は楽しみ過ぎてほとんど眠れなかったからねッ!
「はぁー、映画楽しみだね!」
「う、うん、そうだね」
ふおおおお、私服の穂村さんの破壊力パない……!
今日の穂村さんは、タートルネックのセーターに、チェックのジャンスカという出で立ちだった。
ただでさえ可愛い穂村さんが五割増しで可愛く見えるッ!
拙者タートルネックのセーターにチェックのジャンスカ女子大好きで候!(あまり寝てないからテンションがおかしなことに)
「いやー、最ッ高に面白かったねッ! こりゃアニメ映画史に残る名作だよ!」
「あ、あはは、ホントだね」
ゴメンなさい!
実は上映中、隣の席の穂村さんのことが気になって内容ほとんど頭に入ってませんでした!!
……これは後日、改めて一人で観に来た方がよさそうだな。
「さーって、と。……これからどうしよっか」
「え?」
穂村さんは大きく伸びをしながら、何もない空間を見つめながらそう呟いた。
確かにまだ夕方だし、帰るのには少しばかり早い時間だ。
で、でも、恋人同士でもないのに、用もないのに一緒にいるのもなあ……。
……ん? 待てよ。
夕方ってことは……。
「ねえ穂村さん、ちょっと穂村さんに見せたいものがあるんだけど」
「ほ?」
穂村さんはキョトンとした顔を向けてきた。
キョトンとした穂村さんもカッワイイッ!
「わぁー! 綺麗ー!!」
「嫌なこととかあった時は、よくここに一人で来るんだ」
僕が穂村さんを連れて来たのは、僕の家の近所にある、小高い丘の上の小さな公園。
ここからなら街を一望出来るうえ、ちょうど夕陽が地平線に沈んでいく様子がよく見えるのだ。
「……凄い、太陽があんなに大きく見える」
「ああ、でもあれは目の錯覚で大きく見えてるだけで、実際の大きさは昼間と変わってないらしいよ」
「へー、そうなんだー。宮田くんは物知りだね」
「いやいや、雑学が好きなだけだよ」
「ふふ。……ありがとね宮田くん、こんなに素敵な景色を私に見せてくれて」
「そんな。僕の方こそいつも美味しいお弁当を作ってもらってるんだから、これくらいお安い御用だよ」
「……じゃあ、これからも私にこういう景色をいっぱい見せてくれる?」
「え?」
穂村さんは少しだけ俯きながら、僕の方をチラリと見てきた。
カ、カワイイ……!
「も、もちろんだよ! このくらいでよければ、これからも好きな時に好きなだけ見せてあげるよ!」
「ホントに? これから先もずっとだよ?」
「う、うん、約束するよ。これから先もずっと」
「やった! 言質取ったからね。今更ナシってのはナシだからね」
穂村さんはふふっと微笑みながら、僕の鼻先に人差し指をピッと向けてきた。
お、おおふ……。
……ん? ちょっと待てよ。
何だか今のって……。
「……何なんだろうね、私達」
「――!」
その時、穂村さんの纏う空気が、ピンと張り詰まったのを感じた。
ほ、穂村、さん……?
「……私達の関係って何なんだろうね。友達……なのかな? でも友達ってこんな風に一緒に沈む夕陽を眺めたり、今みたいに将来を誓い合ったりするものなのか、なぁ」
「――!!」
穂村さんは宝石のような瞳を潤ませながら、夕陽をジッと見つめている。
よく見れば手が少しだけ震えていた。
……そうか。
バカだな本当に僕は。
穂村さんはずっと僕が告白するのを待っていてくれたんだ。
この間校舎裏でさり気なく映画の話題を出したのも、さっき映画を観終わった後どうするか聞いてきたのも、たった今プロポーズみたいな会話を誘導したのも、全部僕に告白を促すためのサインだったんだ。
それに今の今まで気付かずに、穂村さんにこんなことまで言わせてしまって……。
……僕は本当にバカだ。
――でも、だからこそ。
「――穂村さん、大事な話があるんだ」
「――え?」
もうこれ以上、情けない姿を好きな人に見せる訳にはいかない――。
「僕は――穂村さんのことが好きです」
「――!!」
穂村さんは両目を大きく見開きながら僕の方を向き、口元を手で覆った。
「ずっと穂村さんのことが好きでした。こんな僕でよかったら――僕と付き合ってください。よろしくお願いします」
「宮田……くん……」
僕は深く頭を下げて、右手を穂村さんに差し出した。
これでもしも僕の勘違いだったとしたら、その時はその時だ。
もうどうにでもなれ――!
「……はい。よろしくお願いされます」
「――!!!」
――が、そんな僕の右手を、穂村さんは優しくそっと握り返してくれたのであった。
う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
「ほ、穂村さんッ!!」
「ふふ、もう、宮田くん、言うのが遅いよー」
慌てて顔を上げると、穂村さんは左手で目元の涙を拭いながらはにかんでいた。
「あ、あはははは、ごめんね」
「ううん、いいの。……でも、これからは毎日いっぱい、好きって言ってね」
「え、あ……はい」
「ふふ、約束だよ」
「うん……。ふおっ!?」
その時だった。
穂村さんが思い切り、僕に抱きついてきた。
むおおおおおおおおおおお!?!?!?
僕の方が頭一つ分背が高いので、ちょうど僕の顎が穂村さんのつむじの上に乗るような体勢になっている。
シャ、シャンプーの良い匂いがするうううううう!!!!!
「……大好きだよ、宮田くん」
「――! ……うん、僕も大好きだよ、穂村さん」
僕は穂村さんのことを、ギュッと抱き締め返した。
――そんな僕達のことを、夕陽だけが「やれやれ」とでも言いたそうな顔で見ていた。
お読みいただきありがとうございました。
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