1 オタク女子、少年と出会う
主夫ものです(年上ヒロインですw)
「えっと……大丈夫?」
彼女――諏訪亜矢は降りしきる雨の中、ゴミ捨て場で蹲る少年にそう声をかけていた。
諏訪亜矢、29歳。長い黒髪で眼鏡をかけた地味目の彼女はとある企業でOLとして働いている。性格は自他共に認めるオタク。腐女子でもあり、百合もNLもいける生粋のオタクの彼女は特に何不自由なく一人暮らしを満喫していた。
……まあ、少しだけ人より部屋が汚くて料理が壊滅的なのと、男運が悪い以外に欠点らしい欠点のない彼女だったが、密かな悩みもある。
「ねぇ、亜矢はいい人いないの?」
友達から聞かれるそんな言葉。意味はもちろん結婚相手ということだろう。同年代の友達はだいたい皆家庭を持っていて、未だに独身の亜矢はどうしたって話題の対象にされがちだ。
「うーん、なんかあんまりねぇ。私レズなのかな?」
ガタンと立ち上がる友達をどうどうっと宥めてから、亜矢はのど飴の袋を開けて言った。
「まあ、あんまり好みの男が周りに居ないのは確かかなぁ」
「具体的には?」
「そうだねぇ……年下で、可愛くて、バブみを感じられるような……」
「亜矢、現実見ようよ」
「だって、年上って面倒なんだもん。唯一付き合った年下も寝取られ趣味って……もう、なんかリアルに絶望するよね」
亜矢とて、恋愛経験はそこそこある。とはいえ、大抵が何かしら残念な要素が大きい相手に当たりやすいのだ。
「本当に亜矢って男運ないねぇ」
「やっぱり同性愛に目覚めるしか……」
「やめときなって。イバラの道だよ?」
そんな会話をした帰りのことだった。新刊のコミックとラノベを買うために雨の中を遠回りして書店に向かうところで――亜矢はその少年を見つけた。
一見すると女物の服、というかメイド服らしきものを着てるので女の子に見えたけど……ボロボロの服からチラリと見える下着がトランクだったのでそうだと断定した。
(え?なに、捨て子?)
こういう時にどうすればいいか亜矢は脳内の処理が追いつかないでいたが……とりあえず、こんな雨の中でボロボロなのを放置しても後味が悪いので思わず傘を差して少年に聞いていた。
「えっと……大丈夫?」
そう声をかけるけど返事はない。とりあえず立ち上がらせようかと思い手を伸ばす。が――ビクン!っと、少年は亜矢の手が近づくと怯え始めた。カタカタと震えて自らを守るように蹲る少年。
(うやー……これ、かなりアカンやつちゃうか?)
思わず変な言葉遣いになるくらい亜矢は嫌な予感がした。見た目は14、5歳前後だろうか?全体的にほっそりしていて長い髪は真っ白だった。地毛だろうか?顔は伏せてて見えないけど、見える場所の殆どに傷があって虐待を受けていたのが伺えた。
(逃げてきた……にしても、なんか変)
こんな雨の中でゴミに埋もれてるのは、まあ、逃げてきて行き着いたと仮定しても、今時こんな絵に書いたような虐待をする親がいるのだろうか?亜矢の知る知識が世界の全てではないとしても、男の子に女装させて虐待する親とは如何に?
(いや、そんなことは後で考えよう)
今大切なのはそうではないだろうと切り替える。ここで手を差し伸べるときっと亜矢は厄介事に巻き込まれる。下手したら犯罪者扱いされることも有り得るだろう。
(はぁ……分かってるのになぁ……やっぱりダメだ)
賢い自分よりも、この少年を助けたいと亜矢は思ってしまった。同情もあるにはあるけど……亜矢としてはこの少年をここで見捨てるのは違うと思ったからだ。
「ごめんなさい………ごめんなさい………ごめんなさい………」
か細く聞こえる可愛い声。その内容は余りにも切なくて……亜矢は生まれて初めて母性というものを実感していた。振り払われるのを覚悟で少年の頭を撫でる。
「大丈夫……怖がらなくても大丈夫だよ。痛いこと何もしないから」
「あ……う……」
震えながら、少年は亜矢の方を見てきた。向けられた顔に――亜矢は少しだけ驚いてしまった。日本人ではまず見ることは少ない青い瞳。真っ白な肌に童顔で可愛い顔立ち。きっと、もう少し健康的になれば亜矢の理想かもしれない。
(いやいや、不謹慎だぞ私)
そう思ってニッコリと笑う。すると、少年は少しだけ安心したのか不器用に笑みを浮かべるのだった。
(さてさて、どうしたものか……)
そう思ってから、亜矢は時計を見てため息をつく。この子の相手をすると多分本屋は無理そうだけど……仕方ないと割り切って亜矢は言った。
「とりあえず……ウチくる?」