氷菓子
テーマ「お菓子」で約1000字、超ショートショートを書きました。
あの味が恋しくて、今でも時折、買いたくなる。炎天下。今よりもずっと暑く、異常気象という言葉が使われるようになった頃。氷菓子が流行していて、この季節になると多くの店で売られた。風物詩だった。
都心を回る電車にしがみつく。帰宅途中の会社員の汗を見ていると、さらに暑さが増してきた。
–––プシュー–––「2番線、新宿行き–––」
駅についた電車から雪崩のように人が降りる。波に押されては押し返し、なんとか改札を抜けた。その先は自由な世界。縛るものがなくなり、私は一直線に駆けた。
「いらっしゃいませ。」
なめらかな機械音。人の声と大して変わらなくても、私はなかなか好きになれない。頭に残るそれを振り払って店の奥へと進んだ。
「あら。氷菓子をお求めですか。」
渋い声が問う。
「ええ。1つください。」
「珍しいですね。こんなご時世、氷菓子を買う人なんてほとんどいなくて。」
声のトーンがわずかに上がる。慣れた手つきでつくる姿は、時の流れを物語っていた。
「はい、110円ね。」
適温に固定された店内がどうも居づらくて、私は商品を受け取ると、足早に立ち去った。
沈みかけの太陽が私を照らす。日が落ちても、街から明かりが失われることはない。この眠らない街に、私達は生きている。一口かじると、冷たさが脳に響いた。
「本日、埼玉県熊谷市で最高気温42.2℃を記録しました。これは、気象庁の観測史上最高で、人命に危険のあるレベルとされています。ここ数日間、異常な暑さが続いています。水分補給を怠らずに、冷房の効いた屋内にいるよう、心がけてください。」
*
「ねぇ、台風直撃だってよ。大丈夫かしら。」「問題ないさ。心配なら帰りに、食品だけ買っていこうか。」
*
「東京23区全域に、大雨警報が出されました。非常に強い雨にご注意ください。なお、山手線の各電車は、予定通り運行しています。駅構内、ホームが濡れている場合がございますので、足元にお気をつけて、決して走らないでください。」
*
–––ここは、どこ?–––
脳をめぐる冷たさが、奥底にある記憶を断片的に呼び覚ます。一口、また一口と、脳に刺激を送る。瞬間と瞬間が繋がって、懐かしい思い出が繰り広げられる。その感覚に、私は陶酔した。
最後の一口を飲み込むと、そこはいつもと変わらない世界だった。ふと空を見れば、太陽が隠れ、一部の星がその明るさを取り戻していた。