005 書き取りドリル・赤ずきん剥いじゃった
❏書き取りドリル
春はまだ来ない。
寒いけど雪はないから外での作業はできるのだけど。
「さむっ!!」
北の山脈から吹き下ろす風が強くて洒落にならない。
-- 仕方ない。先人たちも避けて通れなかった道だ。
-- 戻ってがんばるか・・・。
何を頑張るかというと。
こちらの文字やコトバの習得。
今のところサナさんが施してくれた仙術のおかげで意思の疎通に問題はない。
まったく問題ないのだ。完璧すぎる同時翻訳システム。
だけど文字はどうしようもない。あと知らない概念はイマイチ伝わらない。
なのでまずは書き取り。
基本文字はカタカナみたいなカクカクしたシンプルな文字。こちらは音が重要。
さらに地図記号みたいな文字。こちらは意味と組み合わせが重量。
先生というか監修はサナさん、スイ、リアの交代制。
サナさんはヨシオ達がつまずいたポイントを熟知しているので、わかりやすく指導してくれる。
本当にありがたい。
-- Hey Sana!って呼びかければ何でも解決。
-- 一家に一人ほしいよね。サナさん。もう居るけどねネ。
スイは褒めて伸ばすが基本方針。俺が失敗してもとにかく褒める。褒めちぎってくれる。
イケメン先生に褒められる。なんという素晴らしい教育。
子供時代にこんな指導を受けていたなら、今頃はきっと最先端の研究者とかになっていたはず。俺。
-- やだ俺って天才的頭脳を秘めながら生きていたのね?
-- 今こそ開花するんだね!!はばたけ!俺の才能!!!
そしてリア。期待どおりです。ブレません。これぞザ・テンプレ。
「ハッ。今さら書き取り練習とか・・・笑える・・・。」
-- いやいやリアさん?これは落神様全員が通った道だからね。
-- 尊敬するヨシオだって苦労した道だからね。
-- 今の俺を笑うってのはヨシオの努力も否定して笑うってのと同じだからね。
-- そのあたり分ってね。
-- あぁ、分ってなさそう。それでこそリアたん。よく分ってるね!!
文字が分ってくると、ヨシオの記録の意味が分ってくる。
ヨシオ日記は日本語表記だけど、日記以外の記録は日本語だけと限らない。
先日の手動ポンプの件も文字が読めなくて見落としていた。
情報の見落としが命取りになる事だってある。勝手のわからないこの世界なら特に。
事前情報がなければ前回のようにあいまいな対応になり場合によっては大損害・大惨事だって考えられる。
-- だけどアレはアレで丸く収まったと思うよ。俺。
-- リアとキラキラ組でガールズバーとかやったら儲かりそうって事がわかったもんね。
-- そんな提案したら蹴りだけで済まないだろうから言わない。絶対。口も滑らせない。チャック。
❏赤ずきん剥いじゃった
雷撃再現検証実験 第3回
-- この実験。俺が参加する意味ってもうないんじゃないかな?
-- 雷が落ちるパターンはわかったし、出し方の指導もする必要なんてないし。
-- 名前も長いよね。ビリビリ実験でいいじゃんネッ!
俺の目には青年会インテリ組の鼻息だけが荒いように見える。
剣合会のメンバーは合間合間に組み手してるし、キラキラ組はリアと一緒に散歩してる。
スイとサナさんもさっきまで俺の後ろに立っていたんだけど今は焚き火のそばにいる。
きっとあの火の中に芋でも仕込んでいるに違いないのだ。
俺はみんなから少しだけ離れて崖の上に座っている。崖って言っても3メートルほどの高さ。
-- 地学とかちゃんと勉強しておけば・・・俺は地層っていうお宝の上でウホウホできてたんだろうなぁ。
キラキラ組の方向からキャッキャと黄色い声が聞こえる。
意識してるつもりはないけど、若い異性の楽しそうな声に本能がしたがってしまう。
-- まぁ楽しくやってるなら何よりッス。
リアは俺の前で笑ったりしない。
-- 俺も今の状況には胃がチクチクだけど、それはリアもそうなんだろう。
-- ハァアア。らしくない。人間関係マジ面倒。
-- ん?
視界のはしっこに違和感。
意識を集中させてもはっきりしない。
-- なんだアレ?
なんとなくソコに”なにか”があるのは分る。
分るんだけど、なんというのか識別しにくい。
ゆらゆら揺れているような気がする。
-- 近づいてる?
-- でも何が?
もうちょっと視界をハッキリさせようと俺は立ち上がった。
立ち上がったらリアと目があった。
-- うわぁ、絶対にイヤな顔した。
-- 大丈夫大丈夫だヨ。
-- 俺は君達を見てるんじゃないヨ。
-- 俺ケダモノじゃなくて神様だよ。多分。
-- いや人間だけど。
目的を忘れるとこだった。
というかすぐに意識から外れてしまう。
なんだアレ。
さっきよりよく見える。見えてる気がする。
赤黒い三角形のようなモノが、1・2・3・4・5。
-- 赤いずきんが歩いてる?
-- 笠地蔵?
-- これヤバそう。なんだかこの世のモノって感じがしない。
-- 生きてるって感じがしない。
ズルッ・・・ズルッ・・・とゆっくりだけど確実に近づいている。
-- リア達は気がついてない?
-- まずいな、知らせないと!
気まずい空気とか言っていられない。
「リアァアアア!! うし・・・・ろ?」
ビックリするほど大きな声が出た。
出たけど・・・後半しりすぼみ。
他のメンバーも俺の半端な叫びに反応してリア達の方へ目を向ける。
『ドカッ!!ガスッ!!ベシィイイイイ!!』
-- あぁ、蹴っちゃうのね。
-- 蹴りとか入るんだそいつ。
-- 実体があるのね。なんだ、そうか。なら安心だ。
-- キラキラ組も強いんだね。
-- ははは。気をつけよう。
取り押さえられたのはお化けじゃくて生き物。
ただしさっきの様子とまったく違う。一言で言えば毛玉。
たぬきによく似たケダモノ。
「今夜はたぬき鍋ですね、リアお姉様。」
黄色い声はそう言っていた。
-- たぬきなんだ。
-- 南無南無たぬき達よ・・・