044-4 辛くて冷たい夏の午後
□辛くて冷たい夏の午後
そろそろお昼の準備を手伝おうと俺は調理場へとやって来ていた。
けれどそこにサナさんの姿はなくて、キラキラちゃんズがなにやら小麦粉と戦っている様子。
森人達はテーブル席に全員集合。
格闘中のキラキラちゃん達に声を掛ける。
「サナさん達はどうしたの?」
いつもなら三人綺麗にハモって返事を寄越すキラキラちゃん達は今日は何故だかバラバラに返事を返してくる。
「リアお姉様もサナ様もお出かけです。」
「スイ様がお屋敷の事を頼むって言って出かけました。」
「お屋敷にはここに居る私達以外誰もいません。」
それだけ言ってすぐに各々の作業に戻るキラキラちゃん達。
-- なんだなんだ、本当に厄日とかなの?
「あ。」
調理場から声が上がる。
「ジョン様、今日は外出禁止です。私達とお留守番です。」
キラキラちゃんズの歴女、トミテから俺の外出禁止令が伝えられた。
-- むむむ。以前にもあったね、こういうの。
-- まだまだ信用されてない感じなのかな?
「ところでキラキラちゃん達は一体何を作っているの?」
信用不足が露呈して少し動揺しちゃった自分を押し込めて、やや前向き思考でキラキラちゃんズに話しかける。
「パスタです!この前教わったヤツです!」
ナカゴちんがひときわ大きな声で返事をしてくれた。
小麦粉、塩にタマゴを使って生地作りから頑張っている様子。
-- 凄いよね。
-- 一度教えただけで、すぐに覚えてモノにしちゃう。
三人それぞれ生地を捏ねているので、俺は邪魔にならないように調理場脇に具材を集める。
塩漬けの鹿肉をサイコロ状に切り分け、塩胡椒で炒めて香草を使って香りを付ける。
乾燥させた唐辛子を細かく輪切りにして行き、ニンニクも薄くスライスして準備は万端。
あとはキラキラちゃん達が作る平たいロングパスタを待つばかり。
別名絶望のスパゲッティ。ペペロンチーノ。
オリーブオイルじゃなくてバターを使う予定なのでアーリオ・オリオ・ペペロンチーノとは名乗れないのだけど。
-- パスタマシンが欲しいな。
-- ローラー式か押し出し式か。
-- どっちにしても手動なので、力が要りそうだけど。
-- これもアサマさんに相談してみよう。
そんな事を考えていると、キラキラちゃん達の生地が出来たみたい。
あとは少し寝かせてから伸ばして切るだけ。
-- そりゃ疲れるよね。
-- 見た目以上に体力いるもんね。
-- 少しは休憩してるといいよ。
俺はと言うと、先程準備した具材を器に移し、今はまた違う作業を始めている。
薄く切ったジャガイモと玉ねぎ。
こいつに塩漬け鹿肉の細切れを追加してバターで炒める。
ジャガイモが型くずれするまで火を通したら、ミルクと胡椒を追加してハンドミキサーでドロドロになるまで具材を砕く。
さらにコイツを昼食直前まで冷やしておくのだ。
この時期、冷たいスープは美味しいと思う。
そこまで準備が終わったところでキラキラちゃん達が戻ってきた。
彼女達には生地を伸ばして切るという作業が待っている。
でもキラキラちゃん達は寝かした生地の元へは向かわず、何故か俺のミニスペースに集合した。
「ジョン様、これは何に使うのですか?」
最初に口を開いたのはナカゴちん。
炒めた鹿肉やスライスしたニンニクなどを分けておいた器を覗き込んでいる。
「お手軽パスタの素。別名絶望のスパゲッティとか言うらしいけど、詳しくは知らない。」
「「「絶望の…。」」」
やっとハモったキラキラちゃんズだけど、その表情はかなり微妙。
「いやいや、その呼び名の印象とは違って美味しいよ。それにちゃんと俺風アレンジもしてあるから。きっとみんな喜ぶって。」
慌てて補足説明を追加したけれど、なんだか半信半疑の様子。
なので伸ばして切ったロングパスタを、まずは一人分だけ茹でてもらい、それを目の前で調理してみんなで試食と言う事になった。
キラキラちゃん達が茹で始める少し前に、俺は再び具材に火を入れる。
ただし弱火で。
バターと具材の風味がお互いに移った頃合いに、パスタのゆで汁を少し加える。
茹で上がったパスタを投入して、オイルも追加でしっかり絡めたら完成です。
とりあえずは試食用なので、トッピングとかは一切なしで。
「ん!あれ?美味しい!」
「これが絶望の味!」
「手間らしい手間なんてかかってないのに!」
ご理解していただけたみたい。
その声を聞いて森人達がやってきたけれど、その時はすでにキラキラちゃん達が平らげた後だった。
ブーブーと不満を表明する森人達を言いくるめ、パスタの方は全てキラキラちゃん達に任せる。
あとは本番の昼食の時間に冷製スープで喜んでもらおう。
今の俺にできる、みんなへの贈り物。ちょっとしたサプライズ。
日常の中の些細な事でしか貢献出来ないけれど、それでもきっと何も出来ないって思うよりはいいはずなのだ。
俺の精神衛生的にも、こういう小さな事で少しずつでも満足感を積み重ねる必要がある。
昼食のテーブルに並んだ冷製スープを口にしたキラキラちゃん達は「またこんな隠し球を出してくるなんて!!」と言いながら美味しそうに食べてくれた。
森人達のおかわりコールに対応出来なかったのは、俺の計算ミス。
今朝のちょっぴりダメ風味な空気は、この昼食で綺麗に払拭できたみたいだった。
たぶん。
昼食の後はキラキラちゃん達に今日のレシピを伝えるために調理場近くをウロウロしていた。
森人達もその辺の廊下でゴロゴロしていて、俺の実家の母ちゃんが見たら迷わず全員掃除機で股間を吸われていたに違いない。
そんなのんびりした夏の昼下がり。
何故かはわからないけれど、とても懐かしいと感じるような心地よい時間を過ごす事が出来た。
幸せってこういう時間の事を言うのかもしれない。
森人達に並んで俺も板張りの廊下に寝転ぶ。
ひとつ深呼吸をしただけなのに、俺の意識はそこで途切れた。
一瞬で眠ってしまった。