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ねぎ坊主

 騎馬隊の後に続いて、森の中を続く細い道を進んだ。


 俺とまりなが乗った一八式は、地上5メートルくらいを低空飛行してついていく。


 音も立てず、木々を揺らすこともなく、風船みたいに浮かんで進む一八式。


 これが一体、どんな仕組みで飛んでいるのか分からないけど、それは訊かないでおこう。

 どうせ宇宙人の技術だし、説明されても俺には理解出来ないと思う。



「お兄ちゃん、スーツ脱げば? お馬さんのスピードが遅くて、まだ時間かかりそうだし」

 まりなが言う。


 俺とまりなは、コックピットの床に座っていた。

 俺が胡坐あぐらをかいて、まりなは体育座りをしている。


「ほら、お兄ちゃん脱いで」

「そうだな」

 俺はジャケットを脱いだ。

 そして、まだネクタイをしていたことに気付く。


 こんな、どこか分からない場所にまできて、律儀りちぎにネクタイを絞めていたことに自嘲じちょうした。

 とことん、社畜精神がみついている。

 ネクタイも外して、丸めてポケットに仕舞った。


 そういえば、対宇宙人用の最後の切り札だったこの一八式を失って、地球あっちはどうなってるんだろう。

 人類はどうなったんだろう。

 空にはまだあの馬鹿でかいUFOが浮かんでるんだろうか。


 少しだけ、そんなことも考える。



「お兄ちゃん、お腹すいてない?」

 まりなが訊いた。


「ああ、そう言えば……」

 色々立て込んでいて忘れてたけど、まりなに言われて急に小腹こばらがすいてくる。


 時間を知りたくてスマートフォンを取り出した。

 時刻は午後三時を回っている。

 スマホはもちろん、圏外になっていた。

 当然、メールも通知も入っていない。

 もうつながりそうにないし、そのままスマホの電源は切った。


「それじゃあ、私がご飯を作るね」

 まりなはそう言うと、コックピットのモニターになっている壁の一部を押す。

 すると、そこが引き出しのように開いて、中に銀色のレトルトパウチが詰まっているのが見えた。


「一八式には、遭難したとき用に非常食も積んであるから」

 まりながパウチを取り出す。


 親父おやじのやつ、準備がいいじゃないか。


「それじゃあ、この『ホロホロ鳥のテリーヌ、フォアグラ風味』と、『うなぎのゼリー寄せ』、どっちがいい?」

 まりなが、二つのパウチをかかげて訊く。


「その二択なのか?」

「うん」


 いやそれ、非常食のメニューじゃねえ!


 非常食って言ったら、カレーとか、ラーメンとかだろ。

 乾パンとか、羊羹ようかんとか。


「この非常食の開発に、世界中のシェフを集めたから、とっても美味しいよ」

 まりなが微笑む。


 おい親父、だから、そんなところに金を掛けるなよ……


「じゃ、じゃあ、ホロホロ鳥のテリーヌで」


 まりなが切ってくれたバゲットに、テリーヌを乗せて食べた。


 悲しいけど美味い。

 フォアグラのねっとりとしたコクの後に、香草が鼻に抜ける。


「お兄ちゃん、食後のコーヒーは飲む?」

 まりなが訊いた。


「ああ、飲みたい」

 俺が答えると、まりなは缶コーヒーを自分のお腹に当てる。


「何してるんだ?」

「うん、私の廃熱でコーヒー温めるから」


 そんな機能もあるんだ……


 食後に、まりなのお腹で温めたコーヒーを飲む。




 そんなことをしているうちに森が途切れた。


 視界が開けると、目の前には金色の小麦畑が広がっている。


 広大な小麦畑のあちこちに、農家らしい煉瓦れんが作りの建物も見えた。

 どこも、煙突から煙をくゆらせている。


 この世界にも、人々のいとなみがあるって実感した。

 俺が前にいた世界と同じように、小麦を育てて、それでパンを作って、それを食べて生きているんだろう。


 農作業をしていた人達が、巨大な一八式が通り過ぎるのを見て、呆気あっけにとられている。



 しかし、地球とは明らかに違う部分もあった。


 畑のあちこちに、とうが立っている。

 石組みの塔に煉瓦れんがの塔、木製の塔、種類は色々あるけど、この一八式と同じくらい、20メートルの高さがある塔が、そこここに立っていた。

 視界に入る範囲で、少なくとも十五本は確認出来る。

 塔の天辺には、先をとがらせた丸太が何本も差してあって、ハリネズミが針を立てたみたいになっていた。


 さながら、巨大なねぎ坊主だ。



「あれ、なんだろうね」

 まりなも、それを見て不思議そうな顔をしている。


「なんか、この世界の風習とか、宗教儀式的なオブジェなのかな?」

 俺は想像してみる。


「うん、そうかもしれない」


 それは、進むにつれてどんどんと数を増した。

 高さも高くなって、一八式を超えるような塔まで出てくる。


 ここまでくると、なんか病的に思えた。




 さらに進むと、遠くに城壁のような長い構造物が見えてくる。

 あれが、目指す城なんだろうか。


 その城壁の周りにも、塔がたくさん立っていた。



 それにしても、俺達を先導する騎馬の部隊が、長い行軍のあいだ、少しも列を乱さないのに感心する。


 俺はエアコンが効いた一八式のコックピットでくつろぎながら飛んでるけど、騎士達は大した休憩もとっていない。


 それだけ訓練された兵隊なのだ。



 やがて城壁が迫ってくると、それが普通じゃない高さなのが分かった。

 石造りの城壁は、この一八式の二倍以上の高さがある。


 もちろん、こちらの世界には、俺達の世界にあったような、重機なんてないんだろう。

 これを人力で積んだと思うと、気が遠くなる。


 だけど、一体なにを恐れて、こんな城壁を作ったんだろう。




 騎兵隊の先頭が城門の前に着いて、行軍を止めた。


 まりなが一八式を着陸させる。


「小野寺殿!」

 ルシアネという騎士が、一八式の足元に来て俺を呼んだ。


 一八式が膝を折る。

 まりながハッチを開けた。


「小野寺殿、この巨人は城内には入れません。ここで降りて頂けないだろうか」

 彼女の顔を見る限り、選択肢はないようだ。


「分かりました。降ります」

 俺は、ジャケットを手に取った。

 まさか、突然襲われることもあるまい。


「まりなも行くね。お兄ちゃんを守らないと」

 まりなはそう言うと、ランドセル型電池パックを手に取って、それにリコーダーのような長細いものを差し込む。


「そのリコーダーはなんだ?」

 俺は訊いた。


「これは、リコーダーじゃないよ」

 まりながリコーダーのような物体の、胴の部分を両手で持って構える。

 すると、底の部分から青白い光線が出て、1メートルくらい伸びた。


 それは光の剣になる。

 まりなが振るたびに、ブンブンと鈍い音がした。


 もしかして、これ、ラ○トセイバー?


「お兄ちゃんのことは、私が守るから」

 剣を構えたまりなが、フォースを感じていそうな目で言う。


 ラ○トセイバーをリコーダー型にした父親のセンス……



 俺は、ランドセルにリコーダーを差したスクール水着(旧型)の少女と、未知の世界の城門をくぐる。


 俺達の姿を見た異界の人に、こっちの世界のことが誤解されないといいけど。


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