悪者のお仕事
「それでは婿殿、頑張って悪者してきてくださいね」
ロネリ姫が、抱きしめたくなるような笑顔を見せる。
「はい、行って参ります」
俺は、姫の前に膝を折って答えた。
悪事を働きにいくのに、こんなふうに平和的に送り出されていいんだろうか?
「ルシアネ様、姫とリタさんのこと、よろしくお願いします」
一八式に乗り込む前に、ルシアネさんに頼んでおく。
俺が一八式に乗っているあいだ、姫の警護が手薄になるけれど、ルシアネさんが守ってくれれば安心だ。
「ええ、任せてください」
ルシアネさんが胸を張って言った。
立て膝をついた一八式の手に乗って、そのままコックピットに入ろうとしたら、
「婿殿、忘れ物です!」
姫がそう言って俺のところまで駆けてきた。
何事かと振り向くと、姫が俺に飛びついて、俺のほっぺたにキスをする。
姫の柔らかい唇が、チュって俺の頬に触れた。
「幸運のおまじないです」
姫が照れながら言う。
一八式とロネリ姫のおまじないがあったら、俺はもう、完全に無敵だ。
昨日、俺達の食事中に暴れていたチンピラ騎士の親玉、この辺りを統べるアドリアーノという領主の城に、一八式で飛んだ。
城の上空で光学迷彩を解いて、その純白のボディが姿を現す。
何本もの塔を備えて天高くそびえる城は、周囲に広がる城下町を見下ろしていた。
何重もの堀が巡らせてあって、守りを固めている。
これだけ大きな城は、領民から相当搾り取ってないと、建てられないだろう。
突然現れた巨人に、城内や、城下町は大騒ぎだ。
人の群れが右往左往している。
異世界から召喚された巨人の話は知っていても、実際に本物を見るのは初めてで、皆、呆気にとられていた。
上空から見ていると、その場に固まったまま、動けない人達もたくさん見られる。
「領主! 出てこい!」
俺は、空を飛んだまま、一八式の中からマイクで呼びかけた。
「この世界の神、全ての頂点に立つ男、冬樹様が来てやったんだ! 挨拶しろ!」
俺は、悪者らしく、尊大な言葉で挑発する。
しかし、いくら待っても、領主らしき男が出てくる様子はなかった。
代わりに、空に向けて矢が放たれる。
か細い矢で、この一八式を攻撃してるつもりらしい。
けれどもその矢では、一八式の装甲に、ひっかき傷すら残すことが出来なかった。
「まりな、暑いし、水遊びでもするか」
俺は、覆い被さっているスクール水着姿のまりなに言う。
「うん、そうだねお兄ちゃん」
まりなは俺の言葉の意味を汲んで、城を囲む堀に、ケ○ヒャー的高圧洗浄機の取水ノズルを垂らした。
あとは一八式の指先から出る水で、城の中に巣くう害虫やゴミを、綺麗さっぱり流していくだけだ。
城の中庭に出てきた鎧の騎士や、城壁の上の弓兵を、面白いように水で流した。
向こうは城から投石機のような物も出してきたけれど、それが設置される前に、周りの人間ごと水で流してしまう。
その中には、昨日、食事のとき、食事処の店主を脅していたチンピラの姿もあった。
そんなふうに水攻めを続けても、相手は抵抗を止めないし、領主も出てこなかった。
やっぱり、水攻めだけだと、今一、この一八式の凄さが分からないんだろうか。
「まりな、この城の塔のうち、誰もいない塔で、倒しても誰も怪我しなさそうなやつ、あるか?」
俺はまりなに訊いた。
「うん。あの、左から三本目の塔と、右から二本目の塔には誰もいなくて、倒しても被害者は出ないと思う」
スキャンした結果をすぐに報告するまりな。
「それじゃあ、ぶっ倒そう」
俺は、腰に差している一六式液体金属軍刀を抜いた。
それで、ワラ束でも切るみたいに、石組みの塔を真っ二つにする。
斬られた塔は、地響きを立てながらゆっくりと城の縁を滑って、水の中に沈んだ。
城よりも高い水柱が上がって、空に大きな虹が架かる。
この一八式の力を見せつけるには、ちょうどいいパフォーマンスだった。
「この城は俺が頂く、領主の一派と、雇われた騎士の連中は、今すぐここを去れ! 馬も、鎧も剣も、全部ここに置いていけ! 貯め込んだ金銭も、残らず置いてけ!」
俺は、めちゃくちゃな要求をする。
でもまあ、悪者なんだし、これくらいの要求するのが普通だろう。
すると、アドリアーノという領主らしい、痩せぎすで口ひげの男が出てきた。
いかにも領民を虐めてそうな、いやらしい目つきの男だ。
「ここを出て、二度とこの領地には戻ってくるな! 見かけたら、今度は命がないと思え」
俺がマイクを通して言うと、男は哀れなくらい、何度も頭を下げた。
まもなくして、着の身着のままの領主と、取り巻きの騎士達が城から出て行く。
城や、城下町の住民に、それを悲しむ者はなく、却って、石を投げつけたり、出て行くことを喜ぶ始末だ。
領主や、ごろつきの騎士が出て行った城で、皆が一八式に注目していた。
桁外れの力を持った巨人に、これから何をされるのか不安そうだったし、俺のことを、領主の悪政から解放した救世主って見る向きもあった。
悪役である俺がヒーローってみなされたらたまらない。
だから俺は、俺が悪党だってことを徹底しておく。
「いいか、俺があの領主を追い出したのは、あいつらが俺のモノである女を、好き勝手にしてたから、腹が立っただけだ。それ以上でもそれ以下でもねえ! こんなちんけな領地には興味ないから、あとはお前達がここで好き勝手に暮らせ。この中から誰かが代表になって、自治をしてもいい。でも忘れるな! ここの女はすべて、俺のものだ! 特に幼女は、全部俺の所有物だ! 俺の女や、幼女に手を出す奴には容赦しねえ! 俺の女や幼女が虐待されてるような噂を聞いたら、ここに戻ってきて八つ裂きにするから、覚えておけ!」
俺が言うと、城下町の領民は、喜んで良いのか、恐怖を感じるべきなのか、微妙な顔をした。
「それから、女どもよ! 俺の所有物であるっていう証拠の、セーラー服を着るのを忘れるなよ。ブルマかスクール水着でもよし。すぐにでも着替えておけ。いつ俺に抱かれてもいいように、毎日風呂に入って、体を清めておくのを忘れるな!」
俺は付け加えた。
我ながら最低の台詞だと思う。
悪役って、やっぱり大変だ。
俺はそんなことこれっぽっちも思ってないんだから、そんな言葉を口にするのは、すごく疲れるのだ。
悪者として一暴れして、みんなの元に帰る。
姫達は、森の中で野営の準備をしていた。
買ったばかりの馬車の脇にテントを立てて、火を起こし、夕餉の支度をしている。
俺が一八式を降りると、姫が一番に駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ。お仕事は、上手く行きましたか?」
そんなふうに訊いてくる姫を、俺は抱っこする。
「はい、悪者として存分に暴れて、人々を恐怖のどん底に陥れてきました」
「ご苦労様です」
悪の限りを尽くして、ご苦労様って言われるのもどうかと思う。
「婿殿、お食事にしますか? それとも、ロ・ネ・リ?」
姫が言った。
ロネリ姫……
そんな、新婚の若妻的なセリフ、どこで覚えたんだ……




