二人の子供
「どうして、ロネリが冬樹様の子供なのですか!」
ロネリ姫が、ほっぺたをぷうって膨らませて、突っかかってくる。
俺を見上げて、腰に手をやって足を肩幅に開き、姫は一歩も引かない構えだ。
「どうしてと言われましても、やはり、世間的には、姫はどうしても小さすぎますし、やはりここは、私の娘ということで……」
俺は、姫に頼んだ。
「そんなのは嫌です! ロネリは、冬樹様の妻なのです! 冬樹様の愛妻なのですから!」
姫は本当に怒ってるみたいなんだけど、怒ってるその姿と仕草が可愛いから、自然と顔がほころんでしまう。
「私が真剣に話してるのに、なにを笑ってるんですか!」
姫に怒られた。
俺達は、シルドラッド王国を離れ、一八式で、遠く、内陸の国まで飛んだ。
そこで、一八式を光学迷彩で隠して、服装を変え、旅の商人として人々の間に溶け込んで過ごすことに決めていた。
ずっと悪役を演じ続けるのは疲れるし、こうやって、世界を旅しながら色々と見て回るのもいいと思ったのだ。
それは、後々、ロネリ姫のためにもなると思う。
姫の見聞を広めるためにもその方がいいだろうと、リタさんやルシアネさんと話し合って決めた。
旅の商人になりすますとして、姫が俺の妻なのは周りからすればどう見てもおかしいし、不幸にもロリコン男として世に知れ渡っている俺と、その妻ロネリ姫を連想させるから、正体がばれてしまう。
だから、リタさんと俺が夫婦で、ロネリ姫がその娘、ルシアネさんが用心棒兼使用人ってことに役割を決めた。
それを説明したら、ロネリ姫が怒り出したのだ。
「私は、冬樹様の妻なので、このまま妻で通します!」
姫が言い張った。
「いえ、その……」
俺が困ってると、
「姫様、そんなに聞き分けないお方は、冬樹様に嫌われてしまいますよ」
リタさんがしゃがんで、ロネリ姫の視線に目を合わせて言う。
「こんなことで駄々っ子になるなんて、姫はやっぱり子供なんだなって、冬樹様、失望されると思います」
リタさんが続けると、ロネリ姫は、はっと気付いたように表情を変えた。
俺に対して、上目遣いでしょんぼりした顔をする。
「ごめんなさい」
ロネリ姫が、俺を向いて謝った。
「いえ、姫様。姫様が、そこまで私のことを思ってくださってるって分かって、とても光栄です。姫様に愛されている私は、世界一幸せな男です。ですが、人前ではしばらく、私の娘ってことで我慢してください。でも、安心してくださいね。私は、いつまでも姫様の夫です。姫様が嫌だと言っても、ずっと姫様とご一緒しますから」
俺が言うと、姫が俺の胸に跳び込んでくる。
その小さな手で、ひしと俺にしがみついた。
本当に、子供みたいだ(いや、子供なんだけど)。
ロネリ姫を説得して、ひとまず庶民的な服に着替えた俺達は、馬車とか、商人らしく見せる旅の道具をそろえるために、近くの街に立ち寄ることにした。
街外れの森で一八式から降りて、街まで歩いて行く。
一八式にはまりなが乗って、光学迷彩で隠したまま俺達の真上を飛んだ。
なにかあったら、すぐにでもまりなが対応出来るような体制を整えている。
夫婦役の俺とリタさんの間にロネリ姫が入って、姫は俺とリタさん、両方と手を繋いだ。
あれだけ嫌がってたくせに、俺とリタさんに手を繋がれて、姫は嬉しそうだ。
考えてみれば、早くに母を亡くして、リタさんが母代わりだった姫にとって、こんなふうに親子っぽく振る舞うのが新鮮で、嬉しいのかもしれない。
街は、多くの商人や旅人が行き交って繁栄していた。
ここはシルドラッド王国から遠く離れてるし、この時代まだ写真もないから、俺やロネリ姫の顔を知る者もないだろうし、顔を隠すこともないだろう。
俺達は、そのまま街に入った。
街を守る城壁の入り口に、さっそく馬や馬車を扱う商人を見付けて、頑丈そうな馬車と、それを引く馬を買う。
そして、護衛役のルシアネさんが乗る馬と鞍も買った。
旅先で野宿することも考えて、テントや、鍋や食器、ナイフや毛布なんかの野営道具も揃えた。
これで、それなりには見えるだろう。
他国の街を歩くロネリ姫は、楽しそうだ。
そういえば、姫は国内でも、城やその城下町からほとんど出たことがなかったのだ。
俺と出会うまでは、ずっとその中にいたと聞く。
異国情緒あふれる町並みや、人々の服装、屋台の物売り、そのすべてが姫には珍しいみたいだ。
姫は、目の前のすべてに興味津々で、目を輝かせている。
「宿に入る前に、なにか、食べて行きましょうか?」
俺が訊くと姫は、
「はい!」
って、良い返事をした。
賑わっている食事処を見付けて、中に入る。
三十人くらい入ると一杯になるような店内は、ほぼ満席だった。
俺達はなんとかテーブルを一つ確保して、そこに座る。
料理の名前が分からずに、適当にメニューから選んだら、ペペロンチーノっぽい麺料理と、豚の角煮っぽい料理、きのこたっぷりのピザに、香草が効いたスープが出てくる。
「ロネリは、きのこが嫌いなのです」
姫がそんなことを言って、ピザをルシアネさんのほうに追いやるから笑ってしまった。
「姫様、好き嫌いしてると、大きくなれませんよ」
リタさんが、母親のように言う。
「だってぇ」
姫が口を尖らせた。
「私のように、胸が大きくならなくていいんですか?」
リタさんが訊く。
「大丈夫です。婿殿は、ちっぱいが好きなので、このままでいいです」
姫がそんなことを言った。
うん、まあ、ちっぱいも好きだけど、どちらかというと、巨乳のほうが……
城の中にいたときよりも、姫が生き生きしているのが嬉しい。
この笑顔をいつまでも守りたいって、その誓いを新たにする。
俺達がそんなふうに楽しく食事をしていると、店に、五、六人のグループが入って来た。
腰に剣を刺した大男達がずかずかと入って来て、辺りを見渡す。
「感じ悪いですね」
ルシアネさんがそう言いながら、テーブルに立て掛けた剣の柄に手をやった。
「おい店主! 俺達が食べに来てやったんだ。席を空けろ!」
グループの中で、坊主頭の二メートル近い巨漢が、店主を呼びつけた。
「ご覧のように、どのテーブルもいっぱいで……」
店主の老人が申し訳なさそうに言うと、
「うるせえ! 俺達が誰か、分かってるだろ? アドリアーノ様の騎士だぞ。てめえ、誰のおかげで商売出来ると思ってんだ!」
男達はそう言って、目の前でまだ食事の最中だった男女を追い払って、そこに無理矢理席を空けた。
「ほら、酒持ってこい! あるだけ持ってくるんだ」
男達はさっさと席について、店主に命令する。
「ですが……」
「なんだてめえ、ここの営業権、取り消されてえか?」
鷲鼻の一人が脅すように言った。
会話の内容からするに、アドリアーノっていうのは、この辺りの領主らしい。
この男達は、その領主が雇っている用心棒のような連中だろう。
「婿殿、次に悪者として大暴れする場所が見つかりましたね」
ロネリ姫が悪戯っぽく言った。
「ええ」
俺は答える。
さっそく、俺はこの領地で一八式を使うことになるらしい。




