出陣
国境の河を挟んで両軍が睨み合うなか、ついに、前線に一番近い城、我がレオネス城に国王が到着した。
近衛兵と大軍勢を引き連れた国王の到着で、城とその周辺は、人で埋め尽くされる。
静かな湖畔は、かつてない喧噪に包まれた。
俺は、ロネリ姫とリタさん、そしてルシアネさんと共に、城の中庭で国王を出迎える。
「おお、婿殿、出迎えご苦労である」
国王が、両手を掲げた大袈裟な仕草で、俺を労った。
金の鎧に身を包んだ国王は、直視するのに耐えないほど、光り輝いている。
暮れかけた夕日の中でも、星を集めたように輝いた。
ルシアネさんや、他の騎士のように、実戦や訓練で使われていない鎧だから、傷一つついていない。
鎧の上からでもマントを着けている国王は、相変わらず、それをずるずると引きずって歩いた。
「ああ、ロネリや。そなた少し見ないうちに、美しくなったのう」
国王はそう言ってロネリ姫にハグをする。
「どれどれ、その美しい顔を近くで見せておくれ。うむ、そなたの母君の、若い頃にそっくりじゃ」
国王が姫の頬を愛しそうに撫でた。
「どうじゃ? 新婚生活は、楽しいか? 婿殿は優しくしてくれるかの?」
国王はそう言って下衆に笑う。
それだから姫は、恥ずかしそうに下を向いてしまった。
領地の諸侯や、騎士達に一通り挨拶を済ませると、国王は、中庭から城の外にまで聞こえるように声を張る。
「皆の者、いよいよ、戦である。我らは、この戦に勝たねばならぬ。勝って積年の恨みを晴らし、隣国、ヴォルトリアを地の果てまで追い詰めようぞ!」
国王の声に反応して、「おおおっ!」と地響きのようなうなり声が、城の内外から発せられた。
その後で、槍の柄で地面を叩く音や、地面を踏みならす音も聞こえる。
それは地震が起きたくらいの揺れだった。
集った兵達の士気は、抑えきれないほどに上がっている。
「我が婿殿が操る、この巨人を見よ!」
王は、中庭に立たせていた一八式を指した。
「これこそ、神が我らに与えたもうた、最強の戦士。ドラゴンの群れをも一撃で倒す、無慈悲な鬼神。この巨人がいる限り、我らに恐れるものはない。もはや、戦う前から勝利は約束されているのだ!」
そしてまた、国王の声は湧き上がる歓声にかき消される。
最強の戦士と評された一八式は、石像のように立っていて、微動だにしなかった。
その目は、国境の河原に陣取る敵軍の方を向いている。
「この大戦の勝利を確信して、我から前祝いの酒を振る舞おう。皆、今宵は存分に味わうがよい。だたし、明日からの戦いに差し障らぬ程度にな」
国王が言って、囲んだ兵がまた「おおお」と声を上げた。
王都から運ばれた極上のワイン樽が、次々に開けられる。
それが、城の内外に惜しげもなく配られた。
城に集った兵も領民も、皆、国王の名を呼んでいるから、この国王のパフォーマンスは、大成功だったんだろう。
さすがは、長年一国を治めてきた者だと、感心してしまった。
規模は違うけれど、俺が元いた世界で勤めていた会社の社長を、やはり、思い出してしまう。
その、狡猾な感じが、そっくりだった。
明日からの戦に差し障らぬ程度にといいながら、俺を囲む兵士達に勧められて、少し飲み過ぎてしまう。
酒盛りが終わると、俺は、ルシアネさんに肩を貸してもらって、ロネリ姫とリタさん、まりながいる部屋に帰った。
情けないことに、俺は姫達が見ている前で、ベッドに倒れ込んでしまう。
「冬樹様、どうなさったのですか? こんなに飲まれて」
姫が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
リタさんが、すぐに水を持ってきてくれる。
「隣国に攻め込むといっても、我が軍は、冬樹殿とその巨人に頼らざるを得ないのです。冬樹殿のその重圧は、計り知れません」
ルシアネさんが、そんなふうに俺を庇ってくれた。
「何度も戦に出ている私でも、そのたびに震えます。これから、戦場で命を奪い合うのですから」
ルシアネさんが厳しい顔で言う。
「そうですね、相手の国の兵だって、私達と同じ人間なのですものね」
姫がそう言って悲しい顔をした。
そうなのだ、これから俺は、その同じ人間の命を、たくさん奪わなければならない。
酒が進んだのも、それを誤魔化そうとしたからなのかもしれない。
「ドラゴンの脅威にさらされていた頃の方が、国と国とが協力出来ていたなんて、皮肉な話ですね」
リタさんが言った。
「いえ、すみません。これから戦いに臨まれる皆さんに、余計なことを言いました」
リタさんが深く頭を下げる。
「冬樹様、私は、どんなことがあっても、冬樹様についてまいります。世界中が冬樹様の敵になっても、私は冬樹様に従います。冬樹様は、ご自身の信じた道を進んでください」
姫が言った。
「ええ、ありがとうございます」
姫の言葉で救われる。
やっぱりこの姫は、俺なんかより、よっぽど大人なのだ。
「今日は、私がなでなでして差し上げるので、冬樹様は、安心して眠ってくださいね」
ロネリ姫がそう言って、ベッドに横になっている俺の頭を撫でた。
姫は、俺の頭を抱くように添い寝する。
幼い姫に抱かれながら、俺は、今まで感じたことがない安心感を得た。
すると、俺はその心地よいぬくもりの中で、すぐに眠りに落ちてしまう。
翌日は、朝から、黒々とした重そうな雲が空を占めていて、まさしく、風雲急を告げるという空模様だった。
城には、近衛兵の金色の旗が、無数に翻っている。
「出陣!」
馬上の国王が、剣を抜いた。
おお、と、地響きのような声が轟いて、騎馬の列がゆっくりと進み始める。
俺は、国王の馬の列を見送ったあと、一八式で飛び立った。
ロネリ姫やリタさん、城の人達が、いつまでも手を振って見送ってくれる。
一八式でひとっ飛び、先に出た王よりも早く、前線に立った。
対岸は、見渡す限り、人や馬で埋め尽くされていた。
こちらの何十倍もの戦力が集まっている。
俺は、河原の高台に設けた本陣の脇に一八式を降ろした。
一八式を立たせたまま、コックピットハッチを開けて対岸を望む。
まもなく、国王とルシアネさんが本陣の陣幕の中に入った。
すると、対岸から、三騎の騎馬が駆けてくる。
これから始まる戦の、口上を述べに来る使者だろう。
「射殺せ!」
すると、陣幕の中からそんな声が聞こえた。
声の主は、誰あろう国王だ。
ルシアネさんが、それを止めようと進言しているのが上からでも分かった。
戦にもルールはあるはずだ。
「構わぬ。射殺せ!」
国王が大声で言って、三騎に向かって、矢が放たれた。
いよいよ、戦が始まる。




