栗色の髪の騎士
森から、わらわらと出てきた騎馬隊に、俺達の一八式は囲まれた。
彼らは皆、中世の西洋甲冑のようなものを身に纏っている。
ドラゴンに中世の騎兵って、ここはまさしくファンタジーの世界じゃないか。
「5173騎もいるよ」
まりなが一瞬で数を把握する。
きっと、この一八式というロボットのセンサーで、スキャンしたんだろう。
「大丈夫、この一八式重歩兵は、1024の目標しか同時攻撃出来ないけど、拡張モードにすると、最大262144の目標を同時攻撃出来るから心配ないよ。拡張モードにすると火力が落ちちゃうけど、人間くらいなら一撃だし」
まりながそう言って微笑む。
まりなよ、笑顔で物騒なことを言うのはやめよう。
「どうする? やる?」
まりなが言った「やる?」は、きっと「殺る?」って字を当てるに違いない。
「いや、襲ってはこないみたいだし、しばらく様子を見よう」
騎士達は一八式を囲んではいるけれど、剣を抜いたり、弓を向けたり、敵対的な態度はしていなかった。
少なくとも、いきなり襲いかかって来るような野蛮人ではない。
しばらく、そのままで対峙していると、無数の騎馬の中から、白馬に乗った一人の騎士が、一八式の正面に進んだ。
やっぱり、向こうもこちらと意思の疎通をはかろうとしているようだ。
「我が魔術師の召喚に応じて、この地においでになった異界の方よ」
騎士は大声で言った。
張りのある、女性の声だ。
まりなが、コックピットの全面モニターに、その騎士の顔を大写しにしてくれる。
銀の鎧を身に纏った騎士。
兜のバイザーを上げていて、目元が見えた。
意思の強そうな凜々しい目元。
胸を張った美しい姿勢で、重そうな鎧も、そこが不安定な馬の上であることも、苦にはしていないみたいだった。
「馬上からの非礼をお詫びする。我は、シルドラッド王国、第三近衛騎兵団団長、ルシアネ・アルマース。貴殿の早速の活躍、感服致した」
一八式のカメラ越しに、騎士と目が合う。
彫りの深い目元で、東欧とか、その辺の人みたいだ。
「召喚とか、言ってるけど……」
俺とまりなは、顔を見合わせた。
「召喚って、あの、召喚かな?」
「きっと、あの召喚だよ」
でもあれ、ちょっと変だ。
何かがおかしい。
「そうだ、言葉が通じてる!」
俺は気がついた。
彼女は日本語を話している。
俺は、彼女が発している言葉の意味が解った。
ここはドラゴンがいる世界だし、彫りの深い目元の彼女は、日本人に見えない。
それなのに、日本語を話しているのに違和感があったのだ。
それはまるで、アフレコの洋画を見ているようだった。
「ああ、言葉が通じるのは、お兄ちゃんの頭に、宇宙人の技術で作った万能翻訳機が埋め込んであるからだと思うよ」
まりなが、けろっとした顔で言う。
「はっ?」
「宇宙人の超小型翻訳機が、お兄ちゃんの頭の中に埋め込んであって、それで言葉が通じるんだと思う。ほら、宇宙人がUFOから全世界の人に通じるメッセージを送ってたでしょ? あれと同じ技術だよ」
「いや、そんな物いつ埋め込んだんだ!」
俺は、そんな手術を受けた覚えなどない。
「3ヶ月くらい前の飲み会で、お兄ちゃんが飲み過ぎで気を失ったことがあったよね? 気がついたらいつの間にかマンションに帰ってた日があったでしょ? 実はあのときに手術して埋め込んだんだよ。お兄ちゃんは、密かに誘拐されて、何事もなかったみたいに帰されたの」
「マジか」
「うん」
おっ、親父のやつ!
勝手に人の頭をいじくり回しやがって。
ってか普通、自分の子供の頭に勝手にわけの分からない装置を埋め込むか?
俺がこのロボットに乗るのは、少なくとも三ヶ月前から入念に準備されてたってことなのか?
「だから、お兄ちゃんは、宇宙人とでも、地底人とでも、異世界の住人とでも、誰とでも話せると思う。ちなみに私は今、お兄ちゃんにケチュア語で話し掛けてるんだけど、ちゃんと会話が成立してるでしょ?」
「ああ」
まりな、ケチュア語で話してたのか。
ケチュア語、どこの国の言葉か知らないけど……
「異界の方よ、聞こえるか」
騎士が呼びかけを続けている。
「ハッチを開けて、外に出てみようか。召喚とか言ってるし、ここがどこなのか、こうなった理由も分かるかもしれない」
忌々しい親父のことは一旦置いておこう。
「うん、そうだね。5173騎全部に標準を当ててるし、もしお兄ちゃんを狙う不穏な動きがあったら一瞬でやれるから大丈夫」
まりなが俺の妹でよかった。
「それじゃあ、ハッチ開けるね」
まりなが言って、一八式の胸のハッチが開いた。
おおお、と、取り囲む騎馬隊が驚きの声を出して、数頭の馬が暴れた。
巨人の中から人が出てきたことに、みんな驚いているみたいだ。
「あなたが異界の戦士か」
一八式の足元で、さっきの騎士が見上げている。
「降りてきては頂けないだろうか」
「分かりました。今降ります」
俺は答えた。
「私も行く。お兄ちゃん一人では行かせられないもの」
まりなはそう言ってランドセル型電池パックを背負う。
一八式が屈んで立て膝をつく姿勢になった。
一八式の手に乗って、まりなと一緒に地面に降りる。
騎士も白馬から降りた。
俺とその騎士が向かい合う形になる。
こうして並ぶと、その騎士は180を超える身長で、俺より背が高かった。
肩幅があって腕の筋肉も逞しく、素手で戦って勝てる気がしない。
騎士が兜を取ると、栗色の長い髪がなびいた。
やっぱり、凜とした佇まいの女性だ。
歳は俺と同年代か、少し若いくらいだろうか。
騎士は頭の天辺から爪先まで、素早く俺とまりなに目を走らせた。
彼女の目に、スーツ姿の俺はどんなふうに映ったんだろう?
そして、まりなのスクール水着(旧型)も。
「あらためて名乗らせて頂きましょう。我が名はルシアネ・アルマース。シルドラッド王国第三近衛騎兵団を束ねる者。我が王の命により、貴殿をお迎えに参上致しました」
「お疲れ様です。私は小野寺冬樹と申します」
俺は、ジャケットに手を入れた。
名刺入れを出そうとして、そこで手を止める。
この世界に、名刺交換がなんてあるわけないのだ。
それに、異世界で「お疲れ様です」の挨拶もないだろう。
「私は、妹のまりなです!」
騎士に張り合おうとしたのか、まりなが爪先立ちで言った。
騎士は不思議そうにまりなを見る。
「我が君主の住まう城まで、ご同道願えませんでしょうか」
そう言って頭を下げる騎士。
「その前に、召喚って一体なんですか? ここがどこなのか、こっちにはそれも分からない」
いきなり突っ込んで訊いてしまった。
だけど、今の俺の境遇からすれば、それくらいの非礼も許されよう。
「それも含めて、城にて説明があると思います。実は、魔術のほうは、私にもよく分からないのです。魔術師より、召喚によって貴殿が降ると思われる場所を教えられ、こうして配下を従えて待ち構えておりました。そこにあなたが現れることも半信半疑でしたし、ドラゴンの急襲を受けることも予想していませんでした。我らは戦うことしか能がないゆえ、魔術には疎いのです」
「そうですか……」
その騎士、嘘をついているようには見えなかった。
目の前に現れた巨人や、彼らにとっては奇妙な服装をした俺達に戸惑いながら、それでも真摯に向き合っている。
彼女が言うように城まで行くしかないのだろうか。
「ちょっと待ってください」
俺は、少し離れてまりなと話し合った。
「従ってみようか」
「そうだね。お城に行ってみるしかないかもね」
まりなが言う。
「いざとなったら、お城ごと吹っ飛ばしちゃえばいいだけだし、行って損はないと思う」
まりな……
だからお前は、どうしてそんなに好戦的なんだ……
二人でルシアネという騎士の元に戻る。
「それでは、お城へ伺います」
俺は答えた。
「ご協力、感謝します」
そこで初めて、騎士が微笑んだ。
凜々しい顔も綺麗だったけど、砕けた表情もいい。
「それで、この巨人は、その……」
騎士は一八式を見上げて、眉をひそめた。
言わんとしていることは、分かる気がする。
「ああ、暴れたりはしません」
そう、まりなの機嫌を損なわなければ。
「ちゃんと手なずけていますから」
いや、ホントは俺も今日この存在を知ったばかりなんだけど。
「そうでしたか。失礼、我らも近衛兵、君主に何かあったらと、用心のため、訊いたまでです」
栗色の髪の騎士はそう言うと、もう一度白馬にまたがった。
「それでは小野寺殿、我らが先導致します。ついて参られよ」
ルシアネという騎士が馬で走り出す。
すると、五千騎を超える隊列が後に続いた。
規律正しい行軍を見ると、素人の俺にも、よく訓練されている軍隊だと分かる。
あの栗色の髪のルシアネという騎士、もしかしたら、優れた武将なのかもしれない。
それにしても、騎士にお城か。
お城ってことは、そこに王様とか、そして、お姫様とかいるんだろうか。
お姫様ってやっぱり、見とれるような美女だったりするんだろうか。