表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/87

決戦前夜

 城に戻った俺は、家令と、領地内の村のおさを集めて、もうすぐ戦争が始まることを話した。

 この城が前線基地になって、多くの兵隊が駐留ちゅうりゅうし、敵の攻撃にさらされる恐れがあることも隠さず話す。


 村の長達が、俺の話を聞いて悲観するのかと思ったら、

「戦士様が、あの巨人で奴らを追い払ってくださるんですね!」

 異口同音いくどうおんにそんなことを言われて、逆に期待されてしまった。


 この国境の村々では、昔から隣国ヴォルトリア軍の脅威きょういにさらされていて、向こうの兵が時々侵入してきては、嫌がらせのようなことをしていたらしい。

 村の人達は、それに困っていたのだ。


「ついに、国王様が動いてくださった。最強の戦士を、我らの元へ送ってくださった!」

 村人達は、恐れるどころか、今回のヴォルトリアへの侵略に期待を寄せている。

「なんなりと、お申し付けくださいませ。我らは、この戦に協力いたします!」

 お願いするつもりが、逆に、協力を申し出てくれた。


 領地の人々の期待を、一身に集めてしまう。




 俺は、ロネリ姫とリタさんにも、国王が戦争を始めることを話した。


 姫もリタさんも、俺の話を神妙しんみょうな顔で聞いていた。

 せっかく、この城で落ち着けると思ったところで、城が戦の最前線になるのだ。

 村人と違って、姫もリタさんも、暗く表情を曇らせた。


「それで、ご提案なのですが、ここが戦場になる恐れもありますので、姫とリタさんは、王都まで戻って、しばらく王城の後宮で暮らされるのが良いかと思います」

 俺は言った。


 国王から、戦の話を切り出されたとき、まず、ロネリ姫のことが頭に浮かんだ。

 この姫を守ること、それが俺の、一番の使命だ。

 だとすれば、危ない場所に、姫を置いておくことはできない。

 王城に戻すのが、一番だろう。


 俺の話を、ロネリ姫もリタさんも黙って聞いていた。

 そして、俺が最後まで話し終えると、

「冬樹様は、私を馬鹿にしておいでなのですか?」

 姫が突然、そんなことを言う。

「それとも、冬樹様はこのロネリに、もう、飽きてしまったのですか?」

 姫がそんなふうに続けた。


「ロネリは、冬樹様の妻なのです。冬樹様がこのお城のおられるなら、ロネリもこの城から離れません。柱にかじりついてでも、離れません。王家の人間として、私には、領民を守る義務もあります。ですから、ここを一歩たりとも離れません」

 姫は、力強く言った。


 その目は、真っ直ぐ俺に向けられていて、俺のあやふやな心にかつを入れているようだった。


「どうしたのですか? 私を、一生おそばに置いてくださるのではなかったのですか?」

 姫がそう言って俺に抱きついてくる。

 その小さな手は、俺の背中をぎゅっと掴んでいた。

 背中に、指のあとが付くくらい、強く。

 その様子から、説得は絶対に無理だなと理解した。

 リタさんを見ると、リタさんも無言で頷いている。

 その目は、私は姫と運命を共にします、って言っていた。


「姫様、申し訳ございません。私は、少しだけ、迷っていました」

 俺は、姫の背中をぽんぽんと叩いた。


「私は、一生、姫を離しません。私だって、姫と離れるのは嫌です。一瞬たりとも、離れたくはありません」

 そう言って、姫を抱きしめる。

 小さな姫の鼓動こどうが、トクトクと速くなったのを感じた。


 領地の村人と、ロネリ姫、リタさん。

 俺は、一八式で、その期待に応える働きをしなくてはならないと腹をくくる。





 それからしばらくして、城の周辺には、兵隊がどんどん集まってきた。


 湖畔こはんにあるこの城で、水を使える湖のほとりを中心に、無数のテントが張られる。

 城の塔から見える道には、人や物資を運ぶ馬車の列が絶えない。


 城の中には、ルシアネさんが率いてきた騎士達が、大勢駐留した。

 城の中庭で、近隣の村々から集まった女性達が、忙しそうに炊き出しをしている。


 その頃になると、国境沿いに異変を感じた隣国ヴォルトリアが、こちらと同じように軍を集結させ始めた。

 それも、以前のアルテミシア将軍が率いた五千騎程度の規模ではなく、万単位の軍が集まってくる。

 同盟を結んだ諸国にも派兵を要求したようで、その軍勢には、周辺国の様々な旗が並んだ。




「壮観でありますな」

 一八式で、空から国境を視察するのに付き合ったルシアネさんが言った。

 俺とルシアネさんは、コックピットの全天球モニターで、眼下を眺める。


 空から見ても、ヴォルトリア側の軍隊は、地平線まで埋め尽くすほどに集まっていた。

 それに対して、こちらの軍隊は、十分の一にも満たない規模だ。


「他にも、我が国を狙う者はおりますゆえ、ここに全軍を集めるわけにもいかないのです」

 ルシアネさんが言った。


「まあ、全軍がそろったとしても、到底、かなわぬ規模ですが」

 ルシアネさんはそう言って、現実から逃避とうひするように目をつぶった。


「私は、国王様から、冬樹殿の軍師となって軍を率いよと命じられておりますが、正直、この差では、冬樹様の、この巨人の力に頼る以外に、良き策などはありませぬ。この戦、冬樹様とこの巨人頼りなのが現状です」

 ルシアネさんは包み隠さず言った。


「私には、なにもできません」

 高潔こうけつな騎士であるルシアネさんがそんなことを言うくらい、一八式抜きで、こちらの状況は絶望的なんだろう。


「ルシアネさんにいて頂かないと、私は、戦の経験などありませんし」

 俺のこんな言葉では慰めにはならないのかもしれない。



「大丈夫。このくらいの軍隊だったら、皆殺しにできるよ」

 ところが、この一八式のコックピットにいるもう一人、まりながそんなことを言った。


 いや、一人と言っていいんだろうか。


「さすがに一瞬とはいかないけど、シュミレーションでは、34秒から38秒で皆殺しにできたよ。敵の頭をレーザーで打ち抜いて、馬や物資をそのまま無傷で奪う場合だと、それくらいかかっちゃうの。馬や物資、地上の草木もろとも消し去っていいなら、3秒で全てを蒸発させられるけど。だけど、それをやるともったいないし、辺り一面、しばらく汚染されて使えなくなるから、やらないほうがいいよね」

 まりなが表情のない顔で言った。


「そんなことが、できるのですか?」

 ルシアネさんがまりなに訊いた。


「うん、お兄ちゃんが命令すれば、すぐにやるよ」

 まりなが、ルシアネさんに笑顔で言う。


 ルシアネさんの顔から血の気が引いて、顔が青白くなった。


「ああ、そっか。でも、皆殺しはもったいないから、騎士と指揮系統だけ殺して、あとは奴隷どれいにすればいいか。そうすれば、領民の皆さんも、働かずに豊かな暮らしがおくれるものね」

 まりなが、笑顔で続ける。


 まりな、とりあえず、その笑顔はやめよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ