決戦前夜
城に戻った俺は、家令と、領地内の村の長を集めて、もうすぐ戦争が始まることを話した。
この城が前線基地になって、多くの兵隊が駐留し、敵の攻撃に晒される恐れがあることも隠さず話す。
村の長達が、俺の話を聞いて悲観するのかと思ったら、
「戦士様が、あの巨人で奴らを追い払ってくださるんですね!」
異口同音にそんなことを言われて、逆に期待されてしまった。
この国境の村々では、昔から隣国ヴォルトリア軍の脅威にさらされていて、向こうの兵が時々侵入してきては、嫌がらせのようなことをしていたらしい。
村の人達は、それに困っていたのだ。
「ついに、国王様が動いてくださった。最強の戦士を、我らの元へ送ってくださった!」
村人達は、恐れるどころか、今回のヴォルトリアへの侵略に期待を寄せている。
「なんなりと、お申し付けくださいませ。我らは、この戦に協力いたします!」
お願いするつもりが、逆に、協力を申し出てくれた。
領地の人々の期待を、一身に集めてしまう。
俺は、ロネリ姫とリタさんにも、国王が戦争を始めることを話した。
姫もリタさんも、俺の話を神妙な顔で聞いていた。
せっかく、この城で落ち着けると思ったところで、城が戦の最前線になるのだ。
村人と違って、姫もリタさんも、暗く表情を曇らせた。
「それで、ご提案なのですが、ここが戦場になる恐れもありますので、姫とリタさんは、王都まで戻って、しばらく王城の後宮で暮らされるのが良いかと思います」
俺は言った。
国王から、戦の話を切り出されたとき、まず、ロネリ姫のことが頭に浮かんだ。
この姫を守ること、それが俺の、一番の使命だ。
だとすれば、危ない場所に、姫を置いておくことはできない。
王城に戻すのが、一番だろう。
俺の話を、ロネリ姫もリタさんも黙って聞いていた。
そして、俺が最後まで話し終えると、
「冬樹様は、私を馬鹿にしておいでなのですか?」
姫が突然、そんなことを言う。
「それとも、冬樹様はこのロネリに、もう、飽きてしまったのですか?」
姫がそんなふうに続けた。
「ロネリは、冬樹様の妻なのです。冬樹様がこのお城のおられるなら、ロネリもこの城から離れません。柱にかじりついてでも、離れません。王家の人間として、私には、領民を守る義務もあります。ですから、ここを一歩たりとも離れません」
姫は、力強く言った。
その目は、真っ直ぐ俺に向けられていて、俺のあやふやな心に喝を入れているようだった。
「どうしたのですか? 私を、一生おそばに置いてくださるのではなかったのですか?」
姫がそう言って俺に抱きついてくる。
その小さな手は、俺の背中をぎゅっと掴んでいた。
背中に、指のあとが付くくらい、強く。
その様子から、説得は絶対に無理だなと理解した。
リタさんを見ると、リタさんも無言で頷いている。
その目は、私は姫と運命を共にします、って言っていた。
「姫様、申し訳ございません。私は、少しだけ、迷っていました」
俺は、姫の背中をぽんぽんと叩いた。
「私は、一生、姫を離しません。私だって、姫と離れるのは嫌です。一瞬たりとも、離れたくはありません」
そう言って、姫を抱きしめる。
小さな姫の鼓動が、トクトクと速くなったのを感じた。
領地の村人と、ロネリ姫、リタさん。
俺は、一八式で、その期待に応える働きをしなくてはならないと腹をくくる。
それからしばらくして、城の周辺には、兵隊がどんどん集まってきた。
湖畔にあるこの城で、水を使える湖のほとりを中心に、無数のテントが張られる。
城の塔から見える道には、人や物資を運ぶ馬車の列が絶えない。
城の中には、ルシアネさんが率いてきた騎士達が、大勢駐留した。
城の中庭で、近隣の村々から集まった女性達が、忙しそうに炊き出しをしている。
その頃になると、国境沿いに異変を感じた隣国ヴォルトリアが、こちらと同じように軍を集結させ始めた。
それも、以前のアルテミシア将軍が率いた五千騎程度の規模ではなく、万単位の軍が集まってくる。
同盟を結んだ諸国にも派兵を要求したようで、その軍勢には、周辺国の様々な旗が並んだ。
「壮観でありますな」
一八式で、空から国境を視察するのに付き合ったルシアネさんが言った。
俺とルシアネさんは、コックピットの全天球モニターで、眼下を眺める。
空から見ても、ヴォルトリア側の軍隊は、地平線まで埋め尽くすほどに集まっていた。
それに対して、こちらの軍隊は、十分の一にも満たない規模だ。
「他にも、我が国を狙う者はおりますゆえ、ここに全軍を集めるわけにもいかないのです」
ルシアネさんが言った。
「まあ、全軍がそろったとしても、到底、かなわぬ規模ですが」
ルシアネさんはそう言って、現実から逃避するように目を瞑った。
「私は、国王様から、冬樹殿の軍師となって軍を率いよと命じられておりますが、正直、この差では、冬樹様の、この巨人の力に頼る以外に、良き策などはありませぬ。この戦、冬樹様とこの巨人頼りなのが現状です」
ルシアネさんは包み隠さず言った。
「私には、なにもできません」
高潔な騎士であるルシアネさんがそんなことを言うくらい、一八式抜きで、こちらの状況は絶望的なんだろう。
「ルシアネさんにいて頂かないと、私は、戦の経験などありませんし」
俺のこんな言葉では慰めにはならないのかもしれない。
「大丈夫。このくらいの軍隊だったら、皆殺しにできるよ」
ところが、この一八式のコックピットにいるもう一人、まりながそんなことを言った。
いや、一人と言っていいんだろうか。
「さすがに一瞬とはいかないけど、シュミレーションでは、34秒から38秒で皆殺しにできたよ。敵の頭をレーザーで打ち抜いて、馬や物資をそのまま無傷で奪う場合だと、それくらいかかっちゃうの。馬や物資、地上の草木もろとも消し去っていいなら、3秒で全てを蒸発させられるけど。だけど、それをやるともったいないし、辺り一面、しばらく汚染されて使えなくなるから、やらないほうがいいよね」
まりなが表情のない顔で言った。
「そんなことが、できるのですか?」
ルシアネさんがまりなに訊いた。
「うん、お兄ちゃんが命令すれば、すぐにやるよ」
まりなが、ルシアネさんに笑顔で言う。
ルシアネさんの顔から血の気が引いて、顔が青白くなった。
「ああ、そっか。でも、皆殺しはもったいないから、騎士と指揮系統だけ殺して、あとは奴隷にすればいいか。そうすれば、領民の皆さんも、働かずに豊かな暮らしがおくれるものね」
まりなが、笑顔で続ける。
まりな、とりあえず、その笑顔はやめよう。




