統一世界
「我らはいよいよ、隣国ヴォルトリアへ攻め込もうとおもっておる」
出頭した俺に、国王はそう言って口元を歪めた。
呼び出された玉座の間で、俺の隣にはルシアネさんも並んでいる。
好好爺にしか見えない国王が、顔の下の野心を堂々とさらした。
「婿殿と、あの巨人によって、もう、我が国はドラゴンの脅威にさらされることもない。そちらに割いた労力を、別に振り向けることができる。かねてより、我が国を脅かし、隙あらば飲み込もうと企んでいたヴォルトリアをねじ伏せ、婿殿によってもたらされた安泰を確固たるものにしたいのだ」
国王が言って、玉座の上で組んでいた手を組み替えた。
「もちろん。婿殿もそれに協力してくださるであろうな」
国王が俺の目を覗き込んだ。
正面から目を見られて、俺はその迫力に体を反らしてしまった。
「ええ、しかし……」
俺は、曖昧な返事しかできない。
この前見たヴォルトリア軍や、アルテミシア将軍のことが思い出された。
彼女達は紛れもなく、生身の人間だった。
戦となれば、もちろん、ケ○ヒャー的高圧洗浄機で吹き飛ばして済ます、というわけにもいかないだろう。
戦場で、ルシアネさん達、こちらの騎士や兵士の命を守るためにも、兵器としての一八式の能力をフルに活用することになるはずだ。
それは、一方的な殺戮になるだろう。
俺に、そんなことが出来るのだろうか?
「婿殿、そなたの気持ちも分からんではない」
俺の心を見透かしたように、国王が言った。
「しかし、婿殿、考えてほしいのだ。我が国に領土的野心を持った隣国を倒すこと、それはまた、そなたの姫、ロネリを守ることでもあろう。姫や、領民を守ることでもある。確かに、戦は血なまぐさい。血を流さずに済めばそれに越したことはないが、無理な話だ。となれば、領民を巻き込まず、兵同士の戦いで、僅かな血だけを流してことを収める、それこそが、我ら為政者の道だ。しかし、我らの行く道は、隣国だけにはとどまらぬ。わしは、やがてこの世界を統一し、我が国が唯一つの国として君臨するところまで進もうと考えておる。しかし、それは、ただの野望ではない。この世界が一つの国としてまとまれば、世界から争いがなくなる。それは、全ての民の幸せにも繋がる。これから始まる戦は、そこまで大きな話なのだ」
国王は、決してふざけているふうではなく、至って真面目な顔で言った。
世界を統一するとか、マジか……
「わしは、やがてこの王国の未来を、婿殿に譲ることも考えている。この国の後継者を、そなたに任せてもいいと思っている。統一した世界で、そなたが王に、そして、ロネリが王妃となってあまねく民を治めるのだ。そのためにも、そなたにはこの戦に協力してほしい」
国王の目には、狂気の輝きが見えた。
しかし、国王自身はそれに気付いていないようだ。
「ひとまず、ルシアネをそなたの城に常駐させよう。そなたの側近に、戦慣れした者が必要であろう。気心が知れたルシアネなら、その役目がふさわしい。こちらでも戦の支度を調えるゆえ、婿殿も、城の準備を急いでくだされ」
国王はそう言うと、玉座から立ち上がって、玉座の間を後にした。
残された俺とルシアネさんは、顔を見合わせる。
ルシアネさんは俺の肩にそっと手を置いた。
だけど、なにも言わなかった。
レオネス城への帰り、一八式のコックピットで、俺はまりなと二人になった(ルシアネさんは、城に常駐するため、準備をして後から合流することになっている)。
「まりなは、どう思う?」
空を飛びながら、二人だけのコックピットで、俺はまりなに訊いた。
「敵を全滅させれば、お兄ちゃんの生命の安全には、寄与するかもしれない。国王が言うように、この世界を統一すれば、お兄ちゃんの敵はいなくなる。だけどそれは、また、たくさんの敵を作ることになるかもね」
まりなが冷静に言う。
「世界を統一したところで、お兄ちゃんはあの国王に、ポイって捨てられるかもしれないし」
あり得る話だ。
圧倒的な力を持つ一八式を使って世界を統一させ、いらなくなったら、最後に毒でも盛って俺を殺すのかもしれない。
あのタヌキ親父なら、それくらいのこと平気でやってのけるだろう。
「王に従って、隣国を侵略するのか、断るのか、私には決断できない。それはお兄ちゃんがすることだよ。だけど、お兄ちゃんがどっちに決めても、私はその方向で、お兄ちゃんを守ることに専念するから、安心して」
まりなが言った。
そして、励ますように笑顔を見せる。
そういうふうにプログラムされているとはいえ、その笑顔と力強い言葉には救われた。
俺は、もやもやした気持ちのまま、城に帰る。
城では、笑顔のロネリ姫が待っていた。
コックピットから降りると、いつものように、子犬のごとく跳んでくる。
「冬樹様、どうしたのですか?」
ところが、俺に抱きつこうとしたロネリ姫が、表情を曇らせて俺の顔を覗き込んだ。
「なにか、悩み事があるのですか?」
姫がそんなふうに訊く。
「私は、そんな悩み事を抱えているような顔をしていますか?」
俺は訊いた。
ロネリ姫を心配させまいと平常心を保っていたつもりが、表情に出してしまっただろうか?
「ロネリは、冬樹様の妻なのですよ。冬樹様のことは、なんでも分かるのです。今の冬樹様は、何か悩みを抱えておられます」
俺は、姫が言い終わらないうちに抱きしめていた。
「わわわ」
突然抱きしめられて、姫が戸惑っている。
「やっぱり、悩み事があるのですね。でも、大丈夫です。どんな悩み事でも、冬樹様には、ロネリがついております」
抱きしめたロネリ姫が、俺の背中をぽんぽんと叩いた。
年下の姫に慰められてしまう。
それも、かなりの年下だ。
小さな頃から城の中で揉まれ、いろんな経験をしてきたロネリ姫は、俺なんかより、よっぽど大人なのかもしれない。
国王が言うように、このロネリ姫は守りたい。
絶対に守りたい。
そのためにも俺は、一八式の絶対的な力で、隣国に攻め込むべきなのだろうか?




