修羅場
俺とルシアネさん(この城の幽霊、キャスリン姫が取り憑いている)が抱き合ってるところに、ロネリ姫とリタさんが現れた。
リタさんが、ルシアネさんの体と抱き合ってる俺に、ランプの明かりを当てている。
おそらく、俺がこの異世界に召喚されて以来、最大のピンチだ。
ドラゴンと対峙した時だって、地下牢に放り込まれた時だって、こんなに恐怖を感じなかった。
このピンチには、まりなだって手を出せないだろう。
そのまりなは、俺達から少し離れて、「お兄ちゃん、いい加減にして」的な顔でこっちを見ている。
無表情のロネリ姫が怖かった。
リタさんに至っては、ちょっと微笑んでいて、それがすごく怖い。
控えめに言って、ちびりそうだ。
「ホントに違うんです。今、僕が抱きしめているのは、ルシアネさんであってルシアネさんではありません」
もし俺が逆の立場にいたら、そんな言い分け、鼻で笑い飛ばしていただろう。
「本当なんです。ね? キャスリン姫」
俺は、抱きしめているルシアネさんの体に向かって訊いた。
「さあ、どうでしょうか?」
ところがキャスリン姫は、ルシアネさんの口を使ってそんなふうに惚ける。
逆に、俺の顔を自分の胸にぎゅっと抱き寄せた。
そんな俺達に対し、腕組みして、肩幅に足を開いてどっしり構えるロネリ姫。
「姫、浮気に対しては、寛容さを見せることも重要です」
リタさんがロネリ姫に耳打ちした。
「ここは、正妻としての余裕を見せなければなりません。一時の気の迷いということも考えられます」
リタさんが続ける。
「そうですね。殿方というのは、そういう生き物なのですよね。父王様を見れば分かります。私は、第五十三王女ですし」
いやだから姫、先走りすぎです。
俺に、国王のような甲斐性はありません。
姫一人を守ることだけで、精一杯ですし。
「それに、旦那様が浮気に走るのも、この私の至らなさがあったからかもしれません。私達、最近マンネリになっていたのかもしれません。時には、少しエッチな衣装で、婿殿に刺激を与える必要があったのかも……」
おい。
マンネリって、俺と姫は結婚したばかりだし、エッチな衣装って、エッチなのはいけないと思います!
「いやだから、浮気などしていませんし……」
俺は、小一時間かけて事情を説明する。
そのあいだ俺は、なぜか硬い石の床の上に正座させられていた。
だけど、ルシアネさんが幽霊を怖がってトイレに行けなかったことは、彼女の名誉のために口が裂けても言えないから、その説明は難航を極めた。
その部分を省いて、ルシアネさんの体の中に、この城の幽霊、キャスリン姫の霊が取り憑いたことを中心に、根気強く説明した。
肝心なキャスリン姫は、説明のあいだ、ルシアネさんの体を使って俺の腕を取ったり、頬を寄せたり、ちょっかいを出してきた。
この幽霊、ちょっと悪戯っ子すぎる。
「本当に、ルシアネさんの中に幽霊さんが入っているのですか?」
長い説明のあと、ロネリ姫が訊いた。
「本当です。ね、キャスリン姫?」
俺は、ルシアネさんの中のキャスリン姫に対して必死に訊いた。
「ええ、確かにその通りです」
キャスリン姫は、髪を弄りながらしぶしぶ認める。
「証拠はありますか?」
ロネリ姫がルシアネさんの体に向けて問い詰めた。
「証拠? ですか……」
髪を弄りながら、空を見て考えるキャスリン姫。
「分かりました。証拠を見せましょう」
ルシアネさんの口を通して、キャスリン姫が言った。
「私についてきてください」
そう言うと、キャスリン姫が取り憑いているルシアネさんが、さっさと歩き出す。
「ちょ、ちょと待ってください」
俺達は、少し遅れてついていった。
キャスリン姫は、ランプの明かりもなしに暗い廊下をどんどん歩いていって、地下に続く階段を下りる。
何か潜んでいそうな地下でも、姫は平気で乗り込んでいった。
考えてみれば、幽霊なんだから怖いものなしなのも当たり前か。
迷路のような城の地下通路を、俺達はキャスリン姫に続いて歩く。
地下の石壁は濡れていて、水がしみ出したり、苔むしている部分もあった。
ネズミのような小動物がうごめいている気配もする。
そして、キャスリン姫に取り憑かれたルシアネさんが、地下通路の袋小路の前で立ち止まった。
「そこの蝋燭立てを取ってください」
ルシアネさんの口が言うから、俺は言われたとおり、壁際の石組みの上に置かれた鉄の蝋燭立てに手をかけた。
しかし、石組みに固定されているのか、蝋燭立てはびくともしない。
「上に向かって引き抜くようにするのです」
ルシアネさんの口を借りたキャスリン姫が言った。
それに従って蝋燭立てに両手をかけて思い切り力をかけると、ようやく蝋燭立てを持ち上げることができた。
蝋燭立ての台座の下には、何か、鍵のような溝が切られた棒が伸びている。
「その蝋燭立ての根元を、その穴に突き刺すのです。それが、鍵の代わりとなります」
キャスリン姫が、壁の小さな穴を指した。
埃がたまっていて、最初、そこに穴があるなんて分からなかった。
鍵ってことはこの先に部屋か通路でもあるんだろうか?
ともかく、俺が蝋燭立ての台座をその穴に差し込んで、それを根元まで押し込むと、いきなり後ろからまりなが走ってきて、俺の体を突き飛ばした。
「うわっ!」
まりなに突き飛ばされて、床に倒れる俺。
次の瞬間、今まで俺の頭があった位置をめがけて、壁から槍が飛び出してきた。
「穴に差し込むと、壁から槍が飛び出してくるので、気を付けてください」
キャスリン姫が平板な声で言う。
「いや、そういうことは先に言ってください!」
幽霊に対して思いっきり突っ込んでしまった。
まりなが突き飛ばしてくれなかったら、確実に槍が俺の眉間に刺さっていたと思う。
槍が飛び出したのに続いて、ゴゴゴゴゴと、引きずるような音を立てて、石の壁の一部が横に引っ込んだ。
「ここは、この城の隠し部屋です。初めてここを訪れた騎士様が、この部屋のことを知っているわけがないので、それは、私がこの城に詳しいキャスリンで、この騎士に取り憑いている証明になるでしょう?」
俺の突っ込みを無視してキャスリン姫が言う。
石の壁が完全に引っ込むと、奥に部屋があるのが分かった。
リタさんから借りたランプで照らすと、そこには信じられない光景が広がっている。
金、金、金、金、金。
まばゆいばかりの黄金の輝きに圧倒される。
積み上げられた金の延べ棒。
無造作に木箱や樽に入れられて、こぼれ落ちた金貨。
金の首飾りに、金の指輪。
金のカップに、金の蝋燭立て。
金の王冠に、金の剣、金の盾、金の鎧。
全て金でできた裸婦像もある。
二十メートル四方の部屋が、金で埋め尽くされていた。
ランプの僅かな光しかないのに、まぶしくて目がくらみそうだ。
「国が一つ買えるほどの財宝ですよ」
ルシアネさんの体を借りたキャスリン姫が言った。
「この秘密の部屋のことは、私を死に追いやった軍隊も見付けられずに、そのままにされていました。この部屋が日の目をみるのは、300年ぶりのことです。どうですか? これが、私がキャスリンであることの証明になりますか?」
キャスリン姫が微笑む。
「本当に、幽霊さんだったのですね!」
ロネリ姫の表情がパッと明るくなった。
幽霊が出たってことに、これほど嬉しそうな人も珍しい。
「冬樹様、私、最初から信じておりました」
ロネリ姫が言った。
って、おい!




