内覧会
その城は、切り立った崖の上にあった。
灰色の石造りの城は、所々黒く煤けていて、青空の下でも靄がかかったようにくすんでいる。
城のすぐ下まで森の木々やツタが迫っていて、手入れされている様子はなかった。
五つの塔があって、上空から見ると城壁がいびつな五角形をしている。
五つの中で一番大きな塔が、切り立った崖の頂上にそびえていた。
崖の先端が湖に突き出しているから、その大きな塔の下は湖面になっている。
周囲に城下町らしい賑わいもなく、城はひっそりと佇んでいた。
幽霊が住んでいるというなら、その住処には全くふさわしい場所だった。
塔の上に、とってつけたように、真新しいシルドラッド王国の旗がなびいている。
俺は、城壁の中の、草が生い茂る広場に騎士を乗せた台車を下ろして、一八式も着地させた。
一八式の膝を折って、ロネリ姫とリタさんも下ろす。
「どうも、お待ちしておりました」
城の中から、灰色のローブを羽織った男が出てきた。
四十代後半から五十代だろうか、顎髭を生やして髪を後ろになでつけた男は、この辺りを仕切る領主の家令だったという。
力強い目元に落ち着いた雰囲気で、家令というより、歴戦の騎士といった雰囲気だった。
「このたびのご婚儀、まことにおめでとうございます。我ら領民、戦士様とロネリ姫が、この地を居城に定めてくださること、心より待ち望んでおります」
家令は一通り、お世辞めいた決まり事を言う。
俺も、迎えてくれた礼を言って、ロネリ姫も愛らしく頭を下げた。
「城内を一通り掃除致しましたが、まだ、行き届いてはおりません。長らく誰も住んでおらず、管理をする老夫婦が近くの村から通うだけでしたので」
家令が紹介して、その老夫婦が頭を下げた。
痩せた老人と、そのふくよかな妻。
中々、気のよさそうな人達だった。
「しばらくは村から人を通わせますが、お二人が正式にここを居城と決めてくだされば、人を雇って、隅々まで手入れをいたしますので」
「お気になさらずに。このお城、今のままでも十分素敵ですわ」
ロネリ姫が言って、家令が「ありがとうございます」と、笑顔で頭を下げた。
「婿殿、さっそく、城の中を見て回りましょう」
姫が俺の手を引く。
ピクニックに来た無邪気な子供、そのものだ。
「お待ちください、姫! 護衛をおつけしますから」
ルシアネさんと二人の騎士が、慌てて俺達の後を追う。
外観とは裏腹に、城の中は綺麗で、荒れ果ててはいなかった。
幽霊城らしく、蜘蛛の巣が張っていたり、埃がたまっているようなこともない。
床の絨毯や、壁に掛かっているタペストリーに破れているような箇所も見あたらなかった。
さすがに、それぞれ古いけれど、古さも味に見えてくる。
いい意味で、風格がある城だった。
「ここを、ロネリの部屋にしたいです!」
城を巡りながら、姫が湖が見える部屋で俺にせがんだ。
危ないというのに、出窓から体を出したりして、すっかり気に入った様子だ。
「ここに、机を置いて、ここは、本棚で……」
姫の中では、もう、この城を俺達の住居にすると決めてしまったらしい。
「右隣を婿殿の部屋にして、左隣の部屋をリタが使えばいいのです」
姫が続けた。
「私に、あのような広い部屋をくださるのですか?」
リタさんが、出窓に乗った姫の体を支えながら訊く。
「もちろん、リタには、十分にその資格があるわ。ロネリのために、いままでよく尽くしてくれたから」
姫が言って、リタさんが少し涙ぐんだ。
この二人は、本当に主従関係じゃなくて、姉妹か、母娘のような関係なんだと思う。
「婿殿、それでいいですよね」
姫が俺に訊いた。
「ええ、姫様の望まれるままに」
俺が言うと、姫が出窓を下りて俺に飛びついてくる。
もし、向こうの世界で俺に結婚相手がいて、一緒に暮らす新居を探すってなったら、今みたいに家を見に来たり、部屋割りを決めたり、そんなこともしてたんじゃないかって、馬鹿な想像をした。
他にも、食堂や、図書室、地下室や、地下牢など、城内を見回って、最後に、崖の先端に立つ塔に登った。
下を覗くと、そのまま湖の水面になっている。
釣り糸を垂らせば、魚釣りが出来そうだった。
湖から吹いてくる風が涼しい。
崖の周りは緑でなにもないから、鳥の声しか聞こえない静かな場所だった。
ここにデッキチェアーのような椅子を置いて、日よけを立てて、ワインでも傾けてたら、いい休日を過ごせるんじゃないかって、そんなことも考える。
仕事で泥のように眠っていた休日とは、大違いだ。
夕方になると、管理人の老夫婦と村の人達が、食事を用意してくれた。
俺とロネリ姫、リタさんとルシアネさん達騎士が食堂に集まって、食事を取る。
豪華ではないけれど、温かい田舎料理で懐かしい感じがした。
ボルシチのような煮込み料理と、クルミのような木の実が入ったパンが特に美味しくて、お代わりをする。
なぜ、この異世界に俺が懐かしさを感じるのかは、分からないけれど。
風呂で汗を流したあとは、寝室に清潔なシーツが敷かれたベッドも用意されていた。
「ロネリは幽霊が怖いから、婿殿に抱きついて寝るのです」
ロネリ姫がそう言って俺に抱きついてくる。
いや、姫はこの前、幽霊さんと話がしたいとか言って、全然怖がってなかったくせに……
「リタも、まりな殿も、みんなで眠りましょう」
ロネリ姫が引き入れて、俺達はキングサイズのベッドに四人で横になった。
初めての場所で、なんだか修学旅行みたいだ。
それにしてもまりな、目をぱっちりと開けて仰向けで天井を見詰めているのは止めてくれ。
嘘でも目を瞑って寝るふりをしてほしい。
怖いから。
修学旅行みたいに、みんなで真夜中までベッドの上で話をした。
ロネリ姫のまぶたが重くなって、リタさんと、そろそろ寝かせましょうか、って目で合図してたら、この寝室のドアをノックする者がいる。
この真夜中に誰だろう?
「私が出ます」
俺は、立ち上がろうとするリタさんを制してベッドを下りた。
ドアを開けると、廊下にルシアネさんが立っている。
白くて、少し透けた寝間着のルシアネさんが、枕を持って立っていた。
ルシアネさんの引き締まった体のラインが見えるから、ドキドキする。
「ルシアネさん、どうしたんですか? なにか、ありました?」
警備上の問題で、なんかあったんだろうか?
「いえ、あの……」
ルシアネさん、いつもの凜とした様子じゃなくて、なんだかもじもじしている。
「あのう……」
「はい?」
「あの、私も、一緒に寝てもいいですか?」
ルシアネさんが、そんなことを言う。




