結婚式
国中で7日間続いた宴のクライマックスが、俺とロネリ姫の結婚式だった。
城内で一番大きなホールに、国内外から集まったゲストが、入りきれないほど並んでいる。
皆、王族や高官で、色とりどりの民族服装が目に鮮やかだった。
ゲストの中には、こちら側の親族として、妹のまりなもいる。
さすがにこの厳粛な雰囲気には似合わないから、今日はスクール水着でも体操着でもなく、ミントグリーンのドレスを着ていた。
壁中の金箔で黄金に輝くホールで、俺は姫を待っている。
俺は、新しく仕立てた紺の礼服に、肩から鬱陶しいほど数の勲章をぶら下げて、式に臨んでいた。
緊張して喉がカラカラだ。
まさか、俺がこんなふうに結婚式をすることになろうとは、思ってもみなかった。
仕事漬けの毎日で、彼女どころか、出会いの場さえなかったのだ。
それが、これから結婚式を挙げて、しかもその相手はお姫様だ。
お姫様みたいとか、比喩的な意味の姫はなく、本物のお姫様。
冬樹殿、落ち着いてください、って、そんなふうに訴えかける視線を、参列者の一人であるルシアネさんが送ってくれた。
俺はルシアネに向けてコクリと頷く。
やがて、ホールの壁に設置されたパイプオルガンが、荘厳なメロディーを奏で始めた。
ホールの真ん中を貫く赤い絨毯の上を、国王に手を添えたロネリ姫が、ゆっくりと歩いて来る。
姫は純白のウエディングドレスに身を包んでいた。
レースやフリルの装飾が少ないすっきりとしたドレスで、大人っぽい雰囲気だ。
姫の頭には、宝石をちりばめたまばゆいばかりのティアラが乗っていた。
ベールに隠れているから、姫の顔は見えない。
姫の長いドレスの裾を持つために、十人の子供が後ろに続いた。
もっとも、その子供達は、姫とさして年齢が変わらないのだけれど。
ゆっくりと歩いた姫が俺の隣に来て、俺は国王と姫のエスコートを交代した。
姫が小さすぎて、手を添えると俺の腕にぶら下がるような格好になる。
そのまま二人並んで祭壇を上がって、式を司る黒衣の神職の前で頭を下げた。
パイプオルガンの音が止んで、ホールが静まり返る。
「ただいまより、神が作りたもうた最初の人々、その正当なる子孫であるところの、シルドラッド王国、第五十三王女、ロネリ・ベルフェミナ・マゴルードと、異界よりの戦士、小野寺冬樹との婚儀を、神の御前にて執り行う」
深い皺の中に目が隠れている老齢の神職が、よく通る声で宣言した。
すると、俺の目の前に一振りの剣が運ばれてくる。
俺はその剣を手に取った。
「この二人の結婚に異議を唱える者、進み出て剣を抜け」
神職が言う。
もちろん、剣を抜く者などいない。
けれどもこれが、この世界、この国での結婚式のしきたりらしい。
もし、剣を抜く者があったら、俺は手にしたこの剣で戦えってことだ。
戦って姫を勝ち取れってことらしい。
神職がゲストを見渡した。
「異議なしと認める」
俺は剣を置く。
神職がロネリ姫に視線を落とした。
「ロネリよ。そなたは、この男を生涯の伴侶とし、魂が神の元へ帰るその日まで、添い遂げることを誓うか」
「誓います」
ロネリ姫が緊張したか細い声で答える。
「冬樹よ。そなたは、この姫を生涯の伴侶とし、魂が神の元へ帰るその日まで、添い遂げることを誓うか」
「誓います」
俺も緊張していて、少し上ずった声で答えた。
「それでは二人、誓いのキスを」
神職が言う。
小さな姫の身長を俺に合わせるため、箱馬が用意された。
姫は介添え人に手を支えられて、箱を登る。
ロネリ姫の顔が目の前にあった。
俺はベールを上げて、姫の顔を露わにする。
姫は、彫刻のように美しい顔をしていた。
緊張していて少し血の気が引いているからか、白い肌がもっと白く見える。
それはまさに、神が作った奇跡だ。
今の姫は、輪郭にまだ幼さを残しているけれど、これが少し成長したら、絶世の美女になると思う。
姫のつぶらな瞳は、ティアラの宝石より輝いていた。
だけどもちろん、俺には心に刻んでおかなければならないことがある。
姫は、リタさんや周囲の人達を守るために、俺と結婚するのだ。
そのための後ろ盾として、俺の力を欲しているだけってことは、忘れてはならない。
そうでなければ、こんななんの取り柄もない俺みたいなおっさんと結婚してくれるわけがない。
俺はそれを肝に銘じておくべきだ。
姫の美しい顔を見ながらそんなことを考えて、俺は、姫のおでこにキスをする。
「今ここに、二人が正式に夫婦となったことを宣言する」
神職が言って、ホールの中は割れんばかりの拍手に包まれた。
ホールの外で鐘が打ち鳴らされて、結婚が成立したことを知った城下町の人々の歓声が、城壁の外から地鳴りのようにホールまで聞こえてくる。
緊張していた姫の顔に血の気が戻って、頬がぱっと桜色に染まると、愛らしい、いつものロネリ姫に戻った。
ホールでの式が終わると、馬車で城下町を一周、パレードする。
四頭の白馬に引かれた、金色のオープンの馬車。
ここのところパレードばかりで、なんだかこんなことにも慣れてきた。
最初の頃は集まった沿道の人達に手を振るのが恥ずかしかったけれど、堂々と振っている自分がいる。
城下町の人達は、俺とロネリ姫を温かく祝福してくれた。
馬車に降り注ぐ花びらで、姫が溺れそうになる。
「おめでとうございます!」
「お幸せに!」
「お二人とも、末永く」
パレードのあいだ、そんな声が、絶え間なく投げかけられた。
式が終わって、城内ではそのまま宴が始まっている。
元いた世界でいう、披露宴のようなものなのだろう。
パレードを終えた俺とロネリ姫は、披露宴に出る前に、服を着替えるため、一旦、自分達の部屋に戻った。
「ふう」
部屋に入ると、俺とロネリ姫、二人同時に大きく息を吐く。
そのタイミングが本当にぴったりと合っていたから、二人で笑ってしまった。
「お疲れでしょう」
俺が姫に訊くと、
「いえ、嬉しくて、疲れなど感じません」
姫は気丈にもそんなふうに答える。
「これから、末永くよろしくお願いします」
姫が改まって頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺も、姿勢を正して深く頭を下げる。
かりそめの結婚とはいえ、これからは二人で過ごす時間がもっと増えるだろう。
俺はこの姫を絶対に守ると、心に誓った。
「それから………………冬樹様、安心してください」
姫がそう言って、ちらっとベッドの方を見る。
「結婚初夜のことは、リタから聞いて、私、ちゃんと、心得ております」
ロネリ姫がほっぺたを真っ赤にして言う。
いやまて。




