本物
民衆の前で、飛びついてきたロネリ姫を抱きしめた。
ひときわ大きな歓声が上がる。
姫の小さな手が、俺の背中をぎゅっと掴んだ。
この際だからもう、ロリコンのそしりは甘んじて受けようと思う。
涙をぽろぽろこぼして、鼻水を垂らすロネリ姫は、しゃくり上げていて、それ以上言葉が発せないみたいだった。
俺は、その背中をぽんぽん叩いて慰める。
俺達を囲む城下町の人達からも、すすり泣きが聞こえた。
姫が民衆から愛されている証拠なんだろう。
この小さな体で、俺なんかのことを心配して心を痛めていたと思うと、姫のことが余計に愛おしくなった。
「冬樹様、お帰りなさいませ」
ロネリ姫付きのメイドのリタさんが近づいて来て、姫の代わりに言う。
「ただいま帰りました」
相変わらずのリタさんの軟らかい笑顔に癒やされた。
年下なのに姉に褒めてもらってるような感覚がする。
そして巨乳だ。
巨乳であり、美乳だ。
「さあ、姫様、冬樹様も長旅でお疲れです。ひとまずお部屋の方へ参りましょう」
リタさんがロネリ姫を俺の腕から下ろそうとした。
けれども姫は俺にひしと抱きついていて、離れそうにない。
駄々っ子みたいに、イヤイヤした。
「大丈夫です。このまま、姫を抱っこしたまま参りましょう」
俺は、姫を抱っこしたまま城門をくぐる。
いかつい顔の衛兵や、騎士達まで、表情を緩めて俺達のことを見ていた。
声援を送ってくれた城下町の人達に手を振って応えて、俺は城内に入る。
懐かしい自分の部屋に、ふっと気が緩んだ。
部屋の中は、塵一つなく掃除されている。
ベッドには、ふかふかの布団が用意されていた。
部屋に入っても姫が俺を放さないから、とりあえずベッドに座る。
姫は、もう一生離れないぞ、って感じでひっつき虫になっていた。
「さあ、姫様。冬樹様は、父王様に試練を成し遂げられた挨拶にいらっしゃるのです。それがないと、姫と冬樹様のご結婚が認めてもらえませんよ」
リタさんの言葉で、姫がやっと俺を放してくれる。
リタさんに涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を拭いてもらうロネリ姫。
泣きはらしているから、顔が真っ赤だった。
「まりなさんも、ご苦労様でした」
リタさんがまりなに頭を下げて、まりなが「ども」って短く返事をする。
まりなは、みんなの目が俺とロネリ姫に集中している間に、一八式を城門に戻したらしい。
風呂に入って、礼服に着替えた。
濃紺の詰め襟に白いパンツ、足下はブーツで、頭に羽の付いた帽子を載せる。
この派手な服装にも、だんだん慣れてきた。
服に乱れがないか、リタさんがチェックしてくれる。
国王への挨拶にはロネリ姫と二人で行くから、姫もドレスと髪型を整えた。
玉座の間には、たくさんの妃や姫、王子に重臣達が集まっている。
俺とロネリ姫が入って行くと、一応、拍手が湧き上がった。
けれども、城下町の市民がむけてくれたような、心からの拍手ではなく、なにか一物あるような気がしてならない。
俺とロネリ姫は玉座の前に並んだ。
俺の脇には、ワゴンに載ったドラゴンの卵が運ばれてくる。
黒々としていて、表面がうろこで覆われたグロテスクな卵が、木箱に入っていた。
これは、国王の手の者が用意してくれた偽物じゃなくて、本物だ。
俺達が並んでしばらくすると、控えの間から、国王が出てくる。
銀髪に金色の王冠、シャンプーハットみたいな襞襟に、ちょうちんズボン、ぴっちりとした白いタイツ。
刺繍でまばゆいばかりのマントをずるずると引きずる、これぞ王様って感じの国王。
「おお、戦士殿!」
国王は大袈裟な仕草で言った。
玉座をスルーして、両手で俺に握手を求めてくる。
俺達はがっちりと握手をした。
これも、一種のデモンストレーションなんだろう。
「よくぞ、無事に戻られた。この試練に挑み、200年ぶりに成功させたそなたは、まさしく戦士じゃ」
国王が言って、玉座の間にもう一度気のない拍手が沸き起こった。
国王は俺の横にあるワゴンに駆け寄る。
「おお、これがドラゴンの卵か。うむ、ドラゴンの卵は最高の強壮薬と聞く。さっそく、今夜でも試してみようかのう」
国王がおどけて笑いを誘った。
この国王、やっぱりタヌキ親父だ。
これが偽物だって分かっていながら、ちゃんと演技した。
しばらく「ドラゴンの卵」を眺めた国王が、ようやく玉座に座る。
「さて、戦士殿は試練を乗り越えられた。これで、ロネリと戦士殿の婚姻に、異論を挟む者もおるまい」
国王が、目の前に居並ぶ妃や姫達を見渡して言った。
みんな、最初は黙っている。
しかし、
「その卵、本物なのですか?」
玉座の間のどこかから、そんな声が上がった。
国王が眉を少しだけ動かす。
「いえ、もし、作り物だったら、大変だと思って」
発言したのは、イサベラ姫の取り巻きだった。
イサベラ姫は、俺が一八式なしでこの試練に挑むことになった切っ掛けを作った姫だ。
その発言を追うように、イサベラ姫の周囲から失笑が零れる。
「まさか、そんなことはないと思うけれど」
イサベラ姫本人が言うのではなく、取り巻きが言った。
姫が言わせてるのは間違いない。
「冬樹様が命をかけて手に入れたこの卵を疑うことなど、私が許しません!」
それに反論したのは、ロネリ姫だった。
姫は、声がした方を睨み付ける。
さっきまで泣きはらしていたとは思えない、堂々とした態度だった。
それには、取り巻きの中心にいたイサベラ姫も、ばつが悪そうに目を伏せる。
「これは、間違いなく、本物です。冬樹様が、命をかけて採ってこられたのです!」
姫が、卵が載ったワゴンを前に出して言う。
「これのどこが偽物なんですか!」
ワゴンの上の卵をさするロネリ姫。
その時、俺の耳に、ピシッと、ガラスが割れるような音が聞こえた。
ドラゴンの卵がワゴンの上で揺れたように見えたけど、気のせいだろうか。
卵に一番近い位置にいたロネリ姫が首を傾げた。
卵に小さな穴が開いて、中から、くちばしのようなモノが見える。
あ、これって……




