深い森の中
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、起きて」
気がつくと、目の前にポニーテールの女の子がいて、俺を揺すっていた。
スクール水着(旧型)の女の子が、膝枕してくれて、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「お兄ちゃん、気がついた? 大丈夫?」
そうだ、彼女はアンドロイドのまりなだ。
父親が作った十八式なんとかというロボットの頭脳で、妹型のアンドロイド。
俺は、その十八式なんとかというロボットに乗って、宇宙人に戦いを挑んだところだった。
宇宙人のUFOに向かって飛んでいたら、突然、真っ白な光に包まれて、そして意識を失った。
「お兄ちゃん、起きたんだね。よかった」
まりなが微笑む。
俺は、妹に起こされるという、二十九年間生きて初めての経験をした。
頭に感じる太股の感触が柔らかい。
やっぱり、まりなはどこをとっても本物の人間みたいだ。
「ここは? 俺たち一体、どうなったんだ?」
俺はまりなに膝枕されたまま訊いた。
「うん、ここは一八式重歩兵のコックピットの中だよ。私達、UFOに向かってたんだけど、どこかに飛ばされちゃったみたいなの」
全面がモニターになったコックピットから外を見ると、周りにはどこまでも木々が続いている。
このロボットは、深い森の中に立っていた。
その光景にちょっと混乱する。
さっきまで街中にいて、その上空を飛んでいた筈なのだ。
「お兄ちゃんが気を失って倒れちゃったから、とりあえず十八式を近くに着陸させたの」
まりなが言った。
周囲に建物とか、人工物は見当たらない。
遠くに霞んで、険しい山々の稜線が見えるだけだ。
そして俺は、空に例のUFOの姿がないことに気付いた。
街を覆うほどだった大きな機体が、どこにも見当たらない。
あるときは目障りで仕方なかったUFOが、こうしてなくなってみると少し寂しい感じがするから不思議だ。
「どこかに飛ばされたって、俺達を飛ばしたのは宇宙人なのか?」
「分からない」
「ここがどこだか分かる?」
「さっきから試してるんだけど、地上のあらゆる電波が受信できないし、GPSの電波が一つも掴めないの。だから、ここがどこか分からない」
まりなが表情を曇らせる。
俺は、まりなの太股から頭を上げた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ、ちょっと立ちくらみはするけど大丈夫だ。そっちは大丈夫?」
「うん、私も一八式重歩兵にも異常はないよ。全システムが正常に作動してる」
「そうか、よかった」
それにしても、親父のやつ、このロボットなら宇宙人に絶対勝てるって言ってたくせに、惨敗じゃないか。
UFOに向かってったら、どっかに飛ばされて簡単にあしらわれた。
マジで死なないだけましだったのかもしれない。
帰ったらこの件、徹底的に追求してやる。
「だけど、全システムが正常に作動してるのに、GPSの電波が掴めないってどういうことだ?」
俺は訊いた。
「ごめんね。それが分からないの」
まりなは、本当に困ってるみたいだ。
AIである彼女にも想定外の事態らしい。
「こんな深い森、日本では見られない風景だし、遠くに見える山脈も見たことがないから、どこか、外国なのかな?」
「うん、そうかもしれない」
「突然こんなロボットが来て、外国の軍隊に敵と間違えられて攻撃されたらたまらないな」
まさか、そんなことはないとは思うけど。
「大丈夫、この一八式重歩兵は、最大1024の標的を同時に攻撃出来るし、地上の兵器なんて相手にならないから」
まりなが平気な顔で恐ろしいことを言う。
「少し休んでお兄ちゃんが元気になったら、空からこの近くに建物がないか探そう。それで、ここがどこか分かるかもしれない」
「ああ、そうだな」
まりなはスクール水着(旧型)を着た中学生の姿なのに、なんだか頼もしかった。
「私は、周りに敵がいないかちょっと外を偵察してくるね。お兄ちゃんは、ここで待ってって」
まりなが立ち上がる。
「大丈夫なのか?」
「うん、私はアンドロイドだし、身体能力は人間以上、両手に内蔵火器も備えてるから」
見掛けによらず、物騒なやつだ。
「でも安心して。私はお兄ちゃんを守るようにプログラムされてて、お兄ちゃんには絶対に手を出さないから」
すっ、すごく安心した。
「ちょっと、準備するね」
まりなはそう言うと、コックピットの壁に触れる。
すると、壁の一部が引き出しみたいに開いて、中からランドセルが出てきた。
赤い革の、一般的な形のランドセルだ。
「なんだそのランドセルは?」
「これは電池パック。一八式には『コア』から無限のエネルギーが供給されるけど、私は、この一八式からワイヤレスで給電を受けて動いてるから、十八式から50メートル以上離れると動けなくなるの。だから、50メートル以上離れる時はこの電池パックを背負わないといけない。この電池パック一つで8時間まで動けるの」
「なるほど」
まりながランドセルを背負った。
電池パックのデザインをランドセルにした親父のセンス……
まりなは、「スク水ランドセル」っていう、一部のマニアにスマッシュヒットする姿になっている。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるね」
まりながコックピットのハッチを開いた。
外から、木々の香りを含んだ涼しい空気が吹き込んでくる。
ところが、コックピットの外に出て行こうとしたまりなが、遠くを見て途方にくれたように立ち尽くした。
「お兄ちゃん、ここ、地球じゃないかもしれない」
突然まりながそんなことを言い出す。
「いや、なに言ってるん……」
「だってほら、むこうからドラゴンが飛んでくるもの」
嗚呼……
両翼合わせて50メートルを超えるような大きな翼を羽ばたかせて、黒々とした鱗のドラゴンが一直線に飛んで来る。
俺の知る限り、少なくともそれは地球上の生物ではない。
宇宙人とUFOの次は巨大人型ロボットで、その次が妹型アンドロイドに、マッドサイエンティストだった父親、そして今、俺に向かって来るのはドラゴンだ。
今の俺の心境を表すと、もう、どうにでもなあれ~、ってとこだ。