父親
「あんたは何者なんだ! なんでこんなロボットを作ってるんだ! あんた、経産省の役人じゃなかったのか!」
俺は、父親に根本的な質問をした。
次々に繰り出されるボケに流されそうになったけど、誤魔化されるもんか。
「ちゃんと説明しろ!」
俺が声を荒げると、アンドロイドのまりなが、心配そうに俺と父親を交互に見る。
「ふふふ」
父親が不敵に笑った。
「なにがおかしい!」
「経産省の役人というのは、私の仮の姿。私の本当の役職は、経産省の外局、『宇宙人技術エネルギー庁』の主任研究員なのだ」
「はあ? 宇宙人……技術エネルギー庁?」
思わずオウム返ししてしまった。
「知らないのも無理はない。それは国民はおろか、経産省内部の職員さえほとんど知らない、秘密組織なのだ」
「お、おう」
ここで秘密組織とか言われても、やっぱり俺の厨二心は疼かなかった。
「あれは、30年前のことだ」
父親が遠い目をする。
「その日、この日本に一機のUFOが不時着した。富士山の麓、御殿場の、自衛隊東富士演習場付近にそれは落ちたんだ」
UFOとか言われて、以前の俺だったら馬鹿なこと言うなって、父親の言葉が信じられなかったんだろう。
しかし、こうして空にUFOが浮かんでいる状態では、それが嘘じゃないって分かる。
UFOは、もう30年も前から地球に来てたのか。
「そのUFOには、宇宙人が乗っていた。不時着して怪我をしていたが、どうにか命は取り留めたんだ。時の政府は極秘裏に宇宙人を保護することを決めた。そして、東富士演習場内に秘密の研究施設が作られた」
おいおい、話がどんどん大きくなってるじゃないか。
「その当時、大学の研究室でロボット工学の研究にいそしんでいた私は、宇宙人の進んだ技術を解析するための研究員の一人として呼ばれ、以降、表向きは普通の公務員として生活しながら、研究を続けてきた。今はそこで研究所の所長をしている。息子のお前にまで嘘をついていたのは心苦しいが、ことの重大さに鑑みて仕方なかったんだ、この父を許してほしい」
父親はそう言って大袈裟に頭を下げる。
「お、おう……」
正面から謝られたら、そう答えるしかない。
「そして、その、不時着したUFOに乗っていたのが、さんかく座銀河の、惑星ベルカドから来たという、その星の王子『アモウ』だった」
父親が続ける。
「アモウ? アモウって!」
「そうだ。全人類に向けて、発信される、あの、『アモウを返せ』の『アモウ』だ」
「ちょっと待て、それがアモウを返せのアモウだったとしたら、あんた達がそのアモウっていうその星の王子を監禁してるってことなのか? だから宇宙人が怒ってUFOで押し寄せてきて、返せってメッセージを送り続けてるのか?」
「いや、我々は王子アモウを監禁しているわけではない。王子アモウは、惑星ベルカドにおける権力争いから逃げて、その逃避行の最中にこの地球に不時着したのだ。我々は、政敵から王子アモウを匿っているわけだ。その代わりに、我々は彼の協力を得て、地球より進んだその星の技術を手に入れた。彼としても、いつか自分を追って来る魔の手から逃れるために、私達を利用したかったんだろう。私達に技術を与えて、政敵との戦いに備えようとした。お互いの利害が一致したんだ」
父親が言うことが本当だとしたら、地球は運悪く宇宙人の権力争いに巻き込まれたのか。
それで一千を超えるUFOに囲まれてるってことか。
「そして、来たるべき宇宙人との戦いに備えて作っていたのが、この試製一八式重歩兵なのだ」
父親がそう言ってその純白の装甲を叩く。
その音は、金属を叩いたのとも違うし、セラミックでも、プラスチックでもなさそうだった。
これが一体、どんな素材で作られているのか、まるで分からない。
これも宇宙人から享受された技術なんだろう。
「で、なんでその兵器が、こんな二足歩行の巨大ロボットなんだ?」
「私の趣味だ」
父親が言う。
「ああ……」
趣味の一言で片付けられてしまった。
「それで、このロボットで地球は勝てるのかよ」
俺は、あらためてそれを見上げた。
「この試製一八式重歩兵は、宇宙人の先端技術と地球の先端技術の粋を集めて作った完璧な兵器だ。もちろん勝つ!」
父親が拳を突き上げる。
「しかも、こちらには切り札がある。王子アモウは、惑星を抜け出すとき、王家に伝わる無限のエネルギーの源、『コア』を持ち去った。『コア』からは無尽蔵のエネルギーが放出され、それが埋め込まれた試製一八式重歩兵は、この一機で地球に現れた全てのUFOを消滅させるほどの力を持っている」
「へえー」
俺TUEEEEの最終形みたいな能力を説明されても、俺の厨二心は1㎜も反応しなかった。
「それじゃあ、それでさっさとあのUFOを撃退してくれよ。そんなに優秀な兵器なら、親父が乗って宇宙人を倒せばいいじゃないか」
俺が言うと、
「げほん、げほん」
父親が急に咳き込んだ。
「本来、私がこれに乗って宇宙人と戦いたいところなんだが、長年の研究の心労がたたって、私は体を壊していてな。げほん、げほん。これに乗って戦うのは、体力がもたない。やむを得ず、息子のお前に託したんだ。げほん、げほん」
おい、あんた、そのわりには肌つやとかいいじゃないか。
それに、その手袋の部分が焼けてない肌の色、もろゴルフ焼けじゃないか。
先週の週末あたり、ゴルフ行ってんじゃないか!
「大丈夫だ。このロボットには、宇宙人の先端技術が注ぎ込まれている。損傷しても自己修復するし、さっきも言ったように『コア』から無尽蔵に引き出されるエネルギーによって、某ロボットのように電池切れの心配もない」
「だったら親父が乗れ! もしくは、それにふさわしいパイロットを乗せろ!」
俺が言うと、それまで口滑らかだった父親が急に言い淀んだ。
「それがその、この試製一八式重歩兵は最高のロボットなんだが、宇宙人の技術を取り入れているだけあって、まだまだ未知な部分が多くてな………暴走とか、不確定要素もある。そんな兵器に他人様を乗せるわけにはいかないから、私が乗ると買って出たんだが、さっきも言ったように、私は長年の心労がたたって……それならばせめて身内のお前に乗ってもらうのが一番いいのかと、世間様に迷惑かけないんじゃないかと……まりなのAIも、お前に合わせてチューニングしてあることだし……」
要するに、こいつは危ない兵器ってことか。
危なすぎて誰も乗りたがらないってことなんだろう。
息子の俺を、生贄にするつもりか!
「それに、これは親心でもある。冴えないサラリーマンであるお前が地球を救ったとなれば、お前は一躍世界のヒーローだ。世界中の女性達からモテモテだぞ。連日連夜マスコミに取り上げられ、CMに引っ張りだこ。巨万の富を得て、一生、悠々自適な生活が約束される」
冴えないサラリーマンって、大きなお世話だ。
確かに、冴えないサラリーマンには変わりないけど。
「まあ、分かったよ。乗ればいいんだろ、乗れば」
俺は答えた。
「随分と物わかりがいいな」
父親は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で言う。
「えっ?」
「もっともっと抵抗されて、説得が必要だと思っていた。説得用の現生まで用意していたんだが……」
あ、まずい、会社での上司の要求を聞いてる感じで答えてしまった。
こんなところで社畜根性が出た。
確かに、突然こんなロボットに乗って宇宙人と戦えって言われたら、もう少し抵抗するもんなんだろう。
得体の知れないロボットだし、UFOの攻撃で死ぬかもしれないし、断って当然な話だ。
だけど、理不尽なことを言う上司には何を言っても無駄だから、抵抗するくらいならさっさと仕事を済ませたほうが時間の節約になるって、普段の習慣が出てしまった。
悲しいかな、それが体に染みついていた。
「よし、お前はこれに乗って宇宙人と戦え! 人類を救う、ヒーローとなれ!」
父親が大袈裟に言う。
「はいはい」
俺は、狭い入り口をくぐってコックピットに乗り込んだ。
反対に父親はマンションの廊下に降りて、のんきに手を振る。
「それじゃあお兄ちゃん、ハッチを閉めるね」
まりなが言ってハッチが閉まった。
コックピットは球形をしている。
内部は全面がモニターになっていて、中から外の景色が見えた。
「外からは中が見えないよ。マ○ックミラー号と同じ」
まりなが言う。
「…………」
親父のやつ、ホント、アンドロイドになに教えてるんだ!
それにしても、このコックピットの中、計器や操作用のボタン類、レバーなど、ロボットの操縦席と言われて俺が思い浮かべるようなものは一切なかった。
「大丈夫、計器がなくても、この十八式の状態は私がモニターしてお兄ちゃんに教えるし、必要な操作は口で伝えてくれればいいから」
まりなが俺の心を見透かしたように言う。
「それじゃあお兄ちゃん、お願いします」
そう言って俺に背中を見せるまりな。
「ああ、そうだな」
俺はまりなの後ろに回って、その腕を取る。
やっぱり、どう見てもスクール水着(旧型)の少女に襲いかかろうとするおっさんでしかない……
「さあ、行くよ!」
まりなが言うと、一八式なんとかが身を翻して、空に浮かぶUFOを向いた。
どんな仕組みなのかは知らないけれど、巨大な機体がふわっと空に浮かぶ。
そして、UFOに向けて加速を始めた。
眼下の街が一気に小さくなる。
空のUFOがどんどん近づいてきた。
俺は、本当にこのまま宇宙人と戦うのか。
このままUFOに突っ込んでいくのか。
この段階になって急にそんなことを考えて震えた。
しかし、結論から言うと、俺は宇宙人とは戦わなかった。
この一八式なんとかというロボットに乗ったまま、次の瞬間、俺はロボットごと、どこかに飛ばされてしまったのだ。