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異世界の知恵

 偽物騒動があったリポカヴォを出て、次の大きな街、ミルタハウラに着いたのは、二日後のことだった。


 しかし、馬車の上から見えてきたその街は、今まで通って来た街と比べて、明らかにみすぼらしい見てくれをしている。


 街を囲む壁が所々で崩れているし、あの、竜戦塔というねぎ坊主みたいな建築物も、途中で折れたり、頭の部分がなくなったりしていた。

 壁の外と中を分ける門も、木が腐って人や獣が簡単に出入りできる隙間だらけだ。


 街中に入っても、道に大きな穴が開いて水溜まりになっていたり、半壊状態のまま放置された建物を多く見掛けた。

 商店や飲食店は、バラックのような仮の建物で営まれている。

 人々の服も、決して身ぎれいとは言えなかった。

 交易をする商人の姿も、他の街に比べて少ないようだ。


 ここで暮らす人達の目に輝きが残っていて、こんなさびれた街でも、生き生きと暮らしているようなのが、唯一の救いだろうか。




「戦士様、ようこそ、いらっしゃいました」

 30代後半の、今までの街で会った領主よりも若い中年の男が、俺に頭を下げた。

 日に焼けて、顔に深く刻まれたしわが苦労を感じさせる男で、黒い、喪服もふくのようなローブを羽織っている。


「この街のさびれ具合に、驚かれたでしょう」

 領主が訊いた。


「はい、少しばかり」

 正直に言ってしまった。

 街はこんな状態だし、お世辞を言っても仕方ないと思ったのだ。

 すると領主は、「そうなんです」と、自虐じぎゃく的に笑う。


「この街は、ドラゴンの巣からも近く、度々、やつらに襲われます。復興の最中にまた襲われて、それを繰り返しているせいで、修理が追いつきません。それでこんな有様なのです。最低限、直せる場所を直して、なんとか暮らしているのですが」

 領主は遠い目で街を見た。


「そのような事情があったのですね」

 とうとう俺の旅も、ドラゴンの気配を感じるところまで来たらしい。

 そもそも、ここまでドラゴンの姿を見ることなく旅を続けられたことが、奇跡だったのかもしれない。



粗末そまつなものしかありませんが、心尽くしのうたげを用意致しましたので、どうぞ、いらしてください」

 領主は、俺達を夕食に招いてくれた。

 俺は、心からの礼を言う。


 いつも通り、夕食には俺とティートだけが参加した。

 木造の領主の館は、質素だけれど、よく手入れが行き届いていて清潔だった。


 食卓には、郷土料理のような、温かい手の込んだ料理が並べられている。

 そして、出された赤ワインが格段に美味かった。

 領主と共にテーブルに着いた娘や女性達も綺麗で、自然とワインがすすむ。


 おかげで、久しぶりにほどよく酔っ払った。



「戦士様、あなた様は、異世界から召喚されたお方。そこで、我らにお知恵を拝借はいしゃくできないでしょうか?」

 酒がすすんで赤ら顔の領主がそんなふうに話を振ってきた。

「知恵と、言いますと?」

 俺は訊き返す。


「はい、私は、領主として、この街を守りたいのです。そこで、この領地の住民を豊かにするような事業を興せないかと、常日頃、考えています。 人々が、日々のかてを得るような新しい事業を探しています。先ほども申したとおり、ここは度々ドラゴンに襲われ、大々的な施設を要するような事業は興せません。製鉄や、大規模な工場を建てることなく、人々を養えるような、新しい事業のアイディアはないでしょうか?」

 酒が入ってとろっとした目で、領主は訊いた。


「事業ですか……」

 俺は、考え込んでしまう。


 これでもし俺が農業をやっていたり、他に、この時代にチートとして使えるような知識を持った技術者だったら、手を貸すことも出来るんだろう。

 この世界より進んだ世界から来た知識を駆使して、領主が言う事業を興せたかもしれない。

 けれど、残念ながら俺にはそんな技術はなかった。

 住宅配線の設計で、一日中、端末のディスプレイに向かっているような毎日で、端末がないと何も出来ない。


 この世界で、俺の技術が生かせるようになるまでには、あと、200年か300年は必要だろう。


 この世界に俺がもたらしたものといえば、スクール水着と体操着、ブルマと、そしてティートが着ているセーラー服くらいだ。


「ああ、試練に立ち向かってらっしゃる戦士様に、変なお願いをしてしまって、申し訳ありません。お気になさらないでください。さあ、どうぞ」

 領主がワインを勧める。



「この街の自慢といえば、美しい女性くらいです。火山地帯のドラゴンの巣に近く、温泉が湧くので、それに毎日浸かっているせいでしょうか」

 酔った領主が、冗談めかして言った。


 美しい女性か……


 確かに、周りは美しい女性ばかりだけれど。





「戦士様、おはようございます!」


 目が覚めたとき、俺はベッドに寝ていた。

 昨晩は、領主と一緒にワインをたっぷりと飲んで、途中から記憶がなくなった。

 いつの間にか、領主が用意してくれた部屋に運ばれて、このベッドに寝かされたらしい。

 部屋には、まりなとティートもいた。



「おはようございます。お目覚めは、よろしいでしょうか?」

 領主が訊く。

「おはようございます。目覚めは、ええ、まあ」

 頭がガンガンした。

 ワインの飲み過ぎで、完全に二日酔いだ。


「起き抜けに申し訳ありませんが、戦士様に教えて頂いたあのアイディア、さっそく実行に移しました。こちらに、候補の彼女達を連れて参りました」

 領主が言う。


 アイディア?

 候補の彼女達?


 俺は、何を言ったんだろう?

 まったく、覚えていない。


 領主が連れてきた三人は、三人とも美しい少女だった。

 歳は、10代半ばから後半だろうか。


「ええと、私は何を言ったんでしょうか?」

 恥ずかしいけれど、訊いてしまった。


「お兄ちゃん、ちょっと」

 見かねたまりなが、俺を奥に呼ぶ。

 そして、俺が記憶をなくしていたあいだ、何があったのかを説明してくれた。


「お兄ちゃんは昨日、領主様とのお酒の席で、何かこの街を盛り上げるアイディアはないかって訊かれたんでしょ?」

 ああ、そう言えば、訊かれた気がする。

 俺には何のアイディアもなくて、良い答えを出せなかったけど。


「そのあとお酒が進んで、色々と話してるうちに、お兄ちゃん、この街のご当地アイドル作ったらどうか、とか、言い出したんだって」


「はあ?」

 なんだそれ?


「酒に酔ったお兄ちゃんは、領主様に、向こうの世界のアイドル事情をしつこいくらいに丁寧に話して、この街の『ご当地アイドル』作って国中にアピールしたら絶対にいける。俺がプロディースする。総選挙とかでセンターを決めたり、色々な仕掛けをしよう、とか、語ったんだよ。そしたらあの領主様乗り気で、さっそくこの街の美女を集めますとか言ってたんだけど、覚えてないの?」

 まりなが説明した。


 まったく覚えていない。


 異世界の街でアイドルをプロディースとか、俺、何言ってんだ……


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